身代わり
「なぁ嵐、お前はもう全部、わかっているんだろう?」
「……多分、な」
「今日は“代表者”としての、宣戦布告といったところか」
「良い響きだな。まぁ、そう捉えてもらっても構わない」
「下手なことをすれば、俺はユウをもう返さないよ」
「ふざけんな。“代表者”以前に、ユウは俺の姉貴だ」
「……心底気に入らないよ。お前なんか、生まれて来なければ良かったのに」
……一体、何の話をしているのだろう。
嵐とルイは、私の知り得ない“何か”について話しているようだ。
その一触即発の張り詰めた空気の中で、私は息をすることもままならないまま、ひたすら2人を見守ることしか出来ない。
「その言葉、お前にそっくり返してやるよ」
「いい度胸だ。……じゃあ手始めに、お前の希望通りユウの“代わり”になってもらおうかな」
そう言ってルイは、不敵に微笑む。
「もちろん、避けてはいけないよ。お前がどのくらい本気なのか、見てみたい……“代表者”としての覚悟にも、興味があるしね」
「もちろん。その代わり、今日はユウを連れて帰る」
「仕方ない。……今日だけは、乗ってあげよう」
「交渉成立だな」
ルイはゆっくりと側にいる側近の一人に歩み寄ると、その人が緩くふかしていた煙草をすっと静かに奪った。
そして、その煙草を持つ手を、嵐の方へ伸ばし……
「ルイ?!」
思わず目を見開く私の目の前で、その赤い光を凶器に変えた。
「嵐ッ! お願い、やめて!!」
嵐の深く開いたカットソーの、鎖骨下に、容赦無く押し付けられた煙草の火。
鈍い音と共に、私の悲鳴のような叫びが広間に響く。
ルイは私の声など聞こえなかったかのように、そのまま煙草を押し当てている。
嵐は痛みに眉をひそめながらも、真っ直ぐにルイを睨みつけていた。
「嵐……っ! 何で避けないの?! 跡残っちゃうよ!」
3秒、5秒、7秒……
肌に直接当てられた煙草は、嵐を傷付けながら沈火していく。
私は膝から崩れ落ち、うなだれた。
「……本当に、気に入らないな」
「嵐っ!!」
ルイは小さく呟くと、無抵抗のままの嵐の頬を殴りつけた。
テーブルや椅子を巻き込み激しい音を立てながら、嵐は倒れ込む。
「お願い、ルイ……やめて……」
私は相変わらず身動きを封じられたまま、涙を流した。
ぐにゃりと歪んだ視界の端で、更に無抵抗のまま蹴られる嵐が目に入る。
「ルイ……お願い……っ!」
――耐えられない。
優しくて、明るくて、真っ直ぐな嵐。
世界でたった一人の大切な弟が、他の誰でもない私のせいで……!
吐き気がして、気が遠くなってきた。
ぐらりと視界が暗くなりかけた瞬間、頬にひんやりとした感触を感じ、水面ギリギリを漂っていた私の意識は再び浮上する。
「ユウには、刺激が強かったかな?」
「……」
ルイの顔を、見たくない。
嵐を傷付けた手で、触らないで欲しい……。
私の心は、激しくルイを拒絶する。
でも、それを行動に示すことは出来なかった。
これ以上、ルイを刺激したくない。
「今日のユウの制裁分は、これで清算してあげる。……あとは、携帯だね」
ルイは静かに笑いながら、私のコートのポケットから携帯を取り出し、パキッと反対方向に折り曲げる。
リネや、ヒロや……セイの連絡先が入っている、大切になっていた連絡手段は、一瞬で無残な姿になった。
「余計な男の情報なんて、いらないだろ? これからは、これを使って」
代わりに、何の価値も持たないシルバーの携帯が、私のポケットに滑り込まされた。
「……うぅ……っく……」
嗚咽が漏れる私の瞼に、ルイは優しくキスをする。
「また明日、ここにおいで。今度は嵐抜きで、お茶でもしたいな」
私はこくりと頷く。
何でも良いから、早く嵐を連れてこの場から逃げ出したかった。
ようやく解放された体を引きずるようにして、私は嵐の元へ駆け寄る。
「あらし……っ!」
「大袈裟」
嵐は頬を赤紫色に腫らしながら、ニヤリと笑った。
「何がおかしいのよ……バカっ!」
「帰るぞ、ユウ」
嵐は立ち上がると、そっと私を抱き寄せ、そのまま歩き出した。
「また明日ね、ユウ」
ルイの言葉を、背後に聞きながら、私は嵐にしがみついた。
……苦しい。
苦しくて苦しくて、涙が止まらない。
「泣くなよ、ユウ。大丈夫だから」
「……な、……っ泣く、よぉ……っ」
「ごめんて。マジ、泣かないで」
嵐は家に着くまで、ぎゅうっと私を抱き寄せてくれていた。
けれど途中乗ったタクシーの中でも泣き止むことは出来ず、私は子供のように泣きじゃくり続けた。
もし、嵐がいなくなったら……そう思うと、怖くて怖くて、仕方が無い。
その後マンションへとたどり着き、私たちの部屋のドアを入ると、慣れた香りが迎えてくれた。
いつも私と嵐がお揃いで愛用している、香水の香り……それに安心して、再び涙腺が緩んでしまう。
「嵐、火傷手当てしなきゃ……」
嵐は一時間ほどかかる帰り道の間、一度も火傷を気にする素振りを見せなかった。
火傷のみならず、殴られた箇所を撫でることもなく、ひたすら私を宥めることだけに集中していて……そんな嵐だからこそ、彼の身体は、私がきちんと守ってあげなければならない。




