対峙
数歩先を歩く佐野くんの足元を見つめながら、赤い絨毯を踏みしめ、一番奥の部屋まで進んで行く。
段々と冷えていく空気に、私は小さく身震いした。
「ルイ、連れて来たよ」
佐野くんは軽い調子で言いながら、最後の扉を開く。
それに促されるように、ゆっくりと視線を上げれば……
広間の向こう側には、相変わらず冷徹で、けれど悲しいほどに美しい彼が立っていた。
「待ってたよ、ユウ」
ゆっくりと、優雅な身のこなしで歩み寄ってくるルイ。
「会いたかった」
彼はそう言うと、長い指をこちらへと伸ばしてきて、そっと私を抱き締めた。
私は口を閉ざしたまま、表情も変えずにそれを受け入れる。
「……ルイ」
「話したいことがある、だろう? いいよ。愛するユウの為なら、何でも従うさ」
「……」
思わず表情が歪んでしまうのを、止めることが出来ない。
私に従う、だなんて……それは現実に対して、あまりにもちぐはぐな表現だ。
それでもじっと黙っていた私に対し、ルイは冷ややかに笑った。
「嘘でも構わないから、もう少し笑ってよ。ほんの少しでも、同じ血を分けているんだしね」
本当に、よく言う。
私たちがもう純粋な従兄妹同士ではないことは、周知の事実なのに……。
「さ、座って」
促されるまま私がソファーに身を沈めると、ルイも側にあったテーブルの椅子へと着く。
「ルイ」
私は意を決して、昨日一晩考えて絞り込んだ言葉を口にした。
「……もう、良くないと思うんだ。こういうの、お互いのために――」
「どういうことかな?」
思わず、私は顔を上げる。
間が空くとか、黙られるとか、怒鳴られるとか……何かしら、拒絶に繋がる反応をされるとばかり思っていたのに。
ルイは私がこう言うとを想定していたかのように、私の言葉をさらりと受け流した。
「まさか、話ってそれだけ?」
不意に、ルイの仮初の微笑みに亀裂が入る。
「それだけ……って」
「はっきり言ってもらいたいな。俺を殺す覚悟が出来たってさ」
「ルイ!」
私を縛る、世界で一番嫌な言葉。
あまりにも簡単に投げられたそれに、私は思わず声を荒げた。
「離れてる間に、また忘れちゃった? 俺は変わってないよ。ユウに対する気持ちは……何一つ、ね」
思わずうなだれた私の頬に、そっと指を滑らせていくルイ。
その優しい仕種と残酷な現実のギャップが、いつも私を追い詰める。
「だから……、昨日のデートは、許せなかったな」
次の瞬間視界が反転して、私の体は勢い良くソファーに沈み込んだ。
「やっ……」
「抵抗するの?」
「もう……こんなの!」
――狂ってる。
ワンピースの裾を捲り上げられて、心の中に激しい拒絶が生じる。
今までに無いその感覚の強さに、自分でも驚いた。
きっと、その理由は……
触れられて幸せだと感じてしまう相手を、見つけてしまったからだ。
「気に入らないな」
低く、静かに呟かれた言葉に、はっと息をのむ。
思わず視線を上げれば、疑念、嫉妬、憎悪……何とも形容し難い色を孕んだガラス玉のような瞳が、怯える私を映し出していた。
「――っ」
首筋に噛み付かれたような痛みを感じ、思わず恐怖で涙が滲む。
「……渡さないよ、誰にも」
そう囁かれ、服の中に伸びてきた指先に、もうだめだと目を閉じて諦めた瞬間――
「――ルイ。いい加減にしとけって」
予想外のことが起こった。
聞こえるはずのない声に、私は一瞬耳を疑う。
信じられない気持で、ルイの腕越しに声の聞こえてきた方を見遣れば、そこにはやっぱり予想通りの人物が立っていた。
「これ以上、ユウを傷つけんな。俺が代わりに引き受ける」
「……へぇ?」
私の上に跨がっていたルイは、アッシュブラウンの髪の間から、声の主を見据える。
「ここまで会いに来てくれるのは……初めてだね、嵐」
「嵐……っ、どうして……!」
「とりあえず、ユウの上からどけよルイ。スゲェ気分悪い」
嵐が抑揚の無い低い声でそう言い放てば、ルイは静かに笑って、ゆっくりと私から退いた。
「嵐……」
乱れた服を直しながら体を起こせば、嵐が恐いくらい険しい表情でルイを見据えている。
「ユウに代わるって言ったよな」
「あぁ」
対峙する2人の間には、見ているだけで不安になるような緊張感が漂っていた。
一見、静かなやりとりだけれど……その会話内容に、私は背筋が冷えた。
「ルイ……っ、 あ、嵐は巻き込――」
「ユウは黙っとけ。大丈夫だから、目を閉じて耳塞いでろ」
私の懇願する声を遮り、嵐はぴしゃりと言い放つ。
「さすが。美しき姉弟愛だな」
「姉弟愛、ね」
ルイは不気味な程に優しく微笑むと、ドアの向こう側に待機していた男に、「押さえてろ」と指示を飛ばす。
「ちょ、ちょっと! 何するの……?! 嵐っ、何で来たのよ!」
男に体を押さえ込まれた私は、恐怖で吐き気すら覚える。
目の前で起きている現実が恐ろし過ぎて、足が震え始めていた。




