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Lovers High  作者: ショコラ*
第三章 始動
23/54

彼のいる場所


 ツー、ツー、ツー……と耳元で虚しく鳴り続ける音に、私はしばらく耳を傾けていた。

 足がフローリングに貼り付いてしまったかのように、動くことすら出来ない。


 ――無性に、セイに会いたかった。

 彼の笑顔を見たら、この不安も恐怖も後悔も絶望も、すべて忘れられる気がするのに。

 ……けれどそれは、私の浅はかで利己的な現実逃避に過ぎない。

 何故ならそれを実現出来たとして、きっと私はルイを完全に切り捨てることなんて、絶対に出来ないだろうから。

 いくら彼の存在を足枷だと感じていようと、ルイが私にとって特別な存在であることに変わりはない。

 彼を置いて私一人が幸せになったところで、その後罪悪感で押し潰されてしまうだろうということは、容易に想像が付いた。


 重い体をどうにか動かしてベッドに腰掛け、一つ溜め息を吐く。

 もし、あの時――セイが告白してくれたあの瞬間、、私もセイに惹かれていると答えることが出来ていたら、どんなに幸せだっただろう。

 悪魔の囁きのような「もし」や「たとえば」が、私に無駄な希望を持たせようと頭の中をぐるぐる巡る。

 それは全部、出来っこないことばかりなのに。

 ……でも。


『いつかは決着をつけなきゃいけないだろう?』


 嵐の、言う通りなのかもしれない。

 こうして私が鬱々と現実を受け入れながら生きたところで、状況は何も変わらない。

 それは私にとってもルイにとっても、決して良いことだとは思えなかった。

 私たちの闇の世界は、ずっと時間が止まったままとなっている。

 私はパチンと携帯を閉じると、部屋を出て、嵐の部屋のドアをノックした。


「ユウ?」

「明日、ルイの所に行くことになったから……」

「……そっか」


 部屋の入り口でそう告げた私に対し、嵐は見開いていた目を優しく細める。

 そして首に掛かっていた音楽用のヘッドフォンをガチャリとベッドに落とすと、立ち上がって私の方にやって来た。


「何かあったら、すぐに電話して」

「うん」

「……本当は、すげぇ行かせたくないけど」


 そう言いながら、何の躊躇もなくぎゅうっと抱き締めてくる。


「ちょっと、嵐……っ、何この図!」

「姉弟以上恋人未満の図?」

「いやいや、シスコンですか嵐くん……」

「いやいやいや、今更その確認ですかユウさん」


 笑う嵐につられて、私の沈みきっていた心も少しだけ和んだ。


 ――私は、とても非力だけれど……いつも太陽のように輝いているリネやヒロのように、少しでも闇の世界から出口へと向かいたい。

 優しいセイに、応えたい。

 だから……

 どんなに苦しくても、せめて前進する努力はしなければならないのだ。



 昨日とは打って変わって、今日はいわば武装コーデ。

 キャミワンピースの下には細身のジーンズを合わせ、身を隠すようにライトグレーのトレンチコートを羽織った。

 今日の勝負に、甘さは必要ない。

 普段は滅多につけない、キツめの香水を吹き付けて、怖気づきそうな心を奮い立たせた。

 目的地は、大学に入学してからは一度も寄り付かなかった場所。

 ルイとの連絡手段は専ら電話だったから、こうして直接会いにいくのはかなり久しぶりだ。

正直、かなり緊張している。手も震えているくらいだし。


 ……何だか、リネの声が聞きたいなぁ。

 ふと、そんなことを思った。

 あの明るい笑顔には、どんなにささくれ立った心も癒せるような力が秘められている気がする。

 本当は、ほんの1、2分だけでも声が聞きたかったけれど……今電話したりしたら、余計な弱音まで吐いてしまいそうだ。

 私は目を閉じると、記憶の中にいるリネに会いに行くだけに留まった。



 たどり着いた目的地の様子は、相変わらずだった。

 世間に取り残されたような、異様な空気を醸し出す廃館。

 ガラの悪い連中が、ちらほらと亡霊のようにふらついている。

 息が詰まるほどの異様な空気に、ただそこに立っているだけで毒されそうだった。


「藤原サン」


 不意に呼ばれて顔を上げれば、見知った顔を見つける。

 金色の長い前髪を斜めに流した、覇気の無い瞳をした青年。

 穴だらけの耳には、いくつものシルバーとオニキスのピアスが鈍い光を放っている。

 ――彼は、ルイの側近的ポジションに立つ男だ。


「待ってたよ。最近やんちゃしちゃったんだって? ダメじゃん、ルイを怒らせちゃ」


 彼はするりと腰に手を回し、私を廃館の方へと促す。

 これからが本番だというのに、鉛を括り付けたかのように足が重かった。


「俺にはだんまりなの? まったく、この期に及んで清廉な人間であろうとする姿には、本当に心を打たれるよ。希望を持つってステキだねぇ」


 ペラペラと饒舌に言葉を連ねる、エセ紳士。

 その柔らかなトーンとはアンバランスな棘のある言葉の連続に、私は眉を寄せる。


「……佐野くんと話すことなんて無いよ」


 私が一言に凝縮して意志表示すれば、彼はバカにしたようにクスリと笑った。

 ……本当に、気分が悪い。


「さ、どうぞ。 “僕らのお姫様”」


 彼が私の神経を逆撫でする、最悪の呼び名を囁くと、重い鉄扉を開けられる。

 中世ヨーロッパのアンティーク家具ばかり集められた館内は、とても非現実的な空間で、いよいよ世間から隔離されたような雰囲気を醸し出していた。

 アンティークは大好きなはずなのに、この場所だけは好きになれない……息が詰まる。

 まるでこの館の主の心の温度が、そのまま反映されているような錯覚さえ覚えた。


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