揺らぐ
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綺麗な装飾の施された美しい家具が並ぶ店内を歩きながら、私は尋ねた。
中世ヨーロッパのアンティーク家具は、私も大好きなものだ。
くすんだゴールドの金具や、遊びの利いた曲線美、絵画のようなモチーフの型押し……一つ一つのものに物語が詰め込まれているようで、見ていて飽きることがない。
「本当、かな」
「……そっか」
セイからの返事は、不安気に私の耳に届いた。
覚悟はしていたけれど、やっぱりショックはショックだ。
慣れている感じがするとはいえ、こうして一緒にいる限りでは、同時に誠実な感じもひしひしと伝わってきているから。
彼が不特定多数の女の子にそんな姿を見せていたなんて、どうしても想像がつかなかった。
「本当だけど……でも、違うところもある」
「え?」
「誰にも本気じゃなかったし……というか、本気を知らなかったんだ」
セイはいつになく真面目な瞳で、私を見つめてきた。
それに応えるように、私も戸惑いながらその瞳を見つめ返す。
「リネと、ヒロに出逢うまでは……。いつも周りに誰かしらいたけど、満たされることなんて無かった」
「……」
「それがわかったから、2人に出逢ってからは、もう意味の無い付き合いは一切してないよ」
「……」
「こんな風に、デートだってしてない」
心の中で、警鐘が鳴り響く。
踏み込んではいけない――これ以上、セイに何か言われたくない。
だって……私も、私だって。
セイと一緒にいたいと思っているから。
「……そっか。ごめんね、変なこと言って!」
これ以上掘り下げずに済むように、私はあえて軽い口調でそう言って歩き出すと、セイは一瞬困惑したように眉を寄せた。
「呆れた……?」
「ううん。今そうじゃないなら、私は気にしないよ」
これは強がりでもあり、本音でもある。
今、リネやヒロを――さらにはお零れのような私のことまで大切にしてくれているのは、痛いほどにわかっているから。
過去を思うともやもやしてしまうのも事実だけれど、だからと言って呆れる理由なんてどこにも無い。
「うわぁ! これ、年代物って感じ……」
2階のフロアに上がると、店内のアンティークな雰囲気は一段と色濃くなった。
店内の展示のされ方も手伝って、どこか遠い過去にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
「ここはオーナーが、直接アンティークを買い付けて販売してるんだよ」
「そうなの? 詳しいね」
「一人暮らしになってから時々買いに来てるから、オーナーと知り合いなんだ」
「セイ……お金持ちだね……」
流石本場のアンティークなだけあって、販売価格は、決して学生が手を出し易いものではない。
綺麗だと思いつつも、今私が手の届く様なものはほとんど無かった。
「一応、俺も短期バイトとかでちょこちょこ稼いでるんだよ」
「そうなの?!」
「驚き過ぎだよ、ユウ」
「だって、セイが働くとか……想像つかないよ」
「あはは、失礼だなぁ」
だって、王子様が雑用をするような図だ。
全然、想像がつかないよ……。
「……あ」
不意に、私はフロアの奥にある化粧台に目が行った。
女として、どこの国の家具でも、鏡回りのものには興味がある。
そっと駆け寄り、それを眺めてみた。
化粧台にの上にはディスプレイのように、小さな手鏡やタッセル付きの蓋を持つ小物入れ、櫛など、日用品が広げられている。
やっぱりどのゴールドにもくすみが掛かっているけれど、現役で活躍していた頃は、きっと眩いばかりの光沢を放っていたのだろう。
私はその中から、櫛をそっと手にとってみた。
梳くというよりも、日本で言えば簪のように髪を彩ったのであろう形の櫛。
所々欠けている部分があるものの重厚感があり、縁には光を失いつつはあるけれど小粒の宝石も埋め込まれている。
「……?」
――それは、突然駆け抜けた衝撃だった。
見つめているうちにぞくりと身体が震え、私は思わず息をのむ。
なに……?
『やっぱり似合ってるよ、リリー』
『ありがとう! 私、貴女のセンスが一番好きよ』
『ふふ、光栄なお言葉です』
ぐらりと、頭の中が揺れる。
冷や汗が吹き出し、呼吸が苦しい。
『ダメだよ、エミリア! 早く貴方も――』
『さぁ、早く!』
『エミリアっ』
『私は、約束を忘れないから――!』
これは……誰の、声?
『いやあぁぁぁぁ!』
悲鳴……、どうしてだろう。
私はこの声を、よく知っている気がする。
……リネ……?
「――ユウ?」
不意に肩を揺すられ、手元にあった櫛が滑り落ちてしまった。
カシャンと床にぶつかったその音で、はっと我に返る。
「……セイ」
口から零れた声は、自分でも驚くほどに儚く、弱々しいものだった。
「真っ青だ」
セイは顔をしかめて、私の頬に触れる。
「私……?」
一体今何が起こっていたのか、自分のことなのに全然わからない。
私は呆然と、セイの不安気な顔をただ見つめていた。
セイは私を用心深く見つめながらも、櫛を元あった場所にそっと戻してくれた。
「少し休もう」
「……うん」
大人しく、セイの後について店を後にする。
心臓がいまだにバクバクいっていて、一向に治まる気配が無かった。
櫛を眺めた瞬間、不意に耳鳴りのように聞こえてきた声と、頭に浮かんだ謎のイメージ……2人の会話。
その一方は、馴染みのある自分の声の様だった。
そして、何故だか……相手は、リネのような気がした。
でも私は別に記憶喪失というわけでもないし、自分の過去にリネが登場するわけはない。
でも、それならさっきのは一体何だったのだろう……?
「何か思い出したの?」
「え……」
セイが、いまだに不安気な顔で私を見つめたままそう呟いた。
「……そんなような、顔をしてた気がして」
「……」
バツが悪そうに俯くセイに、何か言いたいけれど言葉が見つからない。
私自身、まだかなり動揺しているから。
「あの……」
「うん?」
セイの優しい声音が、私の脳の疲労感を和らげてくれる。
私は張り詰めていた身体からどうにか力を抜いて、セイとの会話に集中した。
「私……」
「どうしたの?」
3人と出逢ってから……時々こうして、自分のイカれているとしか思えない衝動に歯止めが効かなくなる。
まるで自分のものじゃないみたいに、勝手に口が動いてしまうのだ。
「リネって……私の、何……?」




