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Lovers High  作者: ショコラ*
序章α どうして私?
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接触


「全然、知らなかった」


 夢見心地のまま、ぽつりとつぶやく。


「ユウは噂とか興味ないもんね」

「見に行ったことないんじゃ、知らなくても仕方ないよ」

「見に行くって?」

「あの子たち、基本的に人が多いとこ出てこないから」

「ここにいるの、多分今日が初めてじゃない?」

「みんな学科違うし、いつもは3号館カフェにいるもんね」


 私と同じ学科の子たちは、1号館と6号館の授業しかない。だから日常の中で3号館に近づく機会はなかった。

 

「そうなんだ……本当にきれいな人たちだね。どんな話してるんだろう?」

「ねー。ああいうレベルの人たちって常人離れしてそう」

「1度でいいからしゃべってみたーい!」


 笑い合う涼子と百合を横目に、私はようやく彼らから目を離す。名残惜しくても、次の講義までに昼食を食べ終えなければならない。とりあえず買ってきたはるさめスープにお湯を入れてから、またあの人たちを眺めよう。


「すみません」


 ポットのお湯を求め、ひしめき合うテーブルの間を進んでいく。苦労しながらいくつものテーブルを通りすぎ、ようやく抜けられる! と思ったのだけれど……

 気を抜いたせいか、何かに足を引っかけてしまった。大きく揺れる視界。


「わっ」


 とっさに手をついたのは、近くにあった大きな看板だった。ゆっくり看板が倒れていき、床に衝突した瞬間バーンと音が響きわたる。あれだけうるさかった食堂が、一瞬静まりかえった。

 もうやだ、最悪……めちゃくちゃ恥ずかしい……!

 一気に頬が熱くなり、顔を上げられないまま立ち上がる。近くのテーブルにいた男の子たちが、笑いながら看板を戻してくれた。


「すげえビビった!」

「まじウケんだけど! ケガない?」

「あ……すみません、ありがとうございます……」

「いーえー」


 他学部の生徒であろう彼らにぺこっとお辞儀をし、逃げだすようにポットがある奥へ早歩きで向かう。ほんと無理……無理すぎて周りを見られない。髪で顔を隠すようにうつむいた。これからは本気で、ちゃんと足元を見ながら生きよう――そう誓いながら目的のお湯を注ぎ、ため息をつく。いつの間にか周りのざわめきは元通りになっていたけれど、心臓はまだドキドキしていて。そのせいか普段ならすぐにわかるような変化にも、気づくことができなかった。

 ……数百人もいる食堂内のざわめきが、再び静まりはじめていたことに。


「大丈夫だった?」


 突如耳に届いたのは、鈴の音のような声。その声が脳に到達した瞬間、得体の知れない衝撃が体に走った。


「っ!」


 ぐるりと振りかえり、目を見開く。ツヤのある長い髪の女の子――さっき私が凝視していた、友人たちいわく「神」の領域に君臨するお姫様。名前は確か、西崎利根さん……その人がなぜか私と目を合わせている。


「え……?」

「転んでたみたいだから」


 そう言って、大きな瞳を細めて微笑んだ。息をのむような美しさに、まばたきすらできない。


「急に声をかけてごめんね」


 黙ったままの私を安心させるように、静かにゆっくりと言葉を続ける。


「私、美術系の講義を取ってるんだけど……女の子を描くのが課題なの。あなた、私の理想通りだから」

「……」


 強烈な魅力に取り憑かれ、声の出し方を思い出せなくなる。軽いパニック状態で、話の内容は半分も入ってこなかった。


「良かったらいっしょに来て。少し話しましょう」

「え……」

「お願い」


 ふわりと笑う彼女に、首を振ることなんて到底できなかった。まともに言葉を発することもできずにうなずけば、彼女は嬉しそうに私の手をつかむ。


「こっち」


 手を引かれるまま、ふわふわした状態でついていった。

 ――いったい、この感覚はなに?

 彼女の声が、表情が、体温が……初対面のはずなのに、なぜか懐かしい気がして。涙がこみあげそうになる。どうしてこんなにドキドキするんだろう?

 呼吸すらうまくできないまま連れていかれた先で、私の心臓は壊れそうになった。


「座って」


 先ほど遠目に見ていた黒髪の人と茶髪の人が、まっすぐに……揺らぐことなく、その瞳で私をとらえる。視線を逸らすこともできず、無意識に息を止めてしまう。


「ヒロ、セイ。見すぎちゃダメって言ったじゃない」


 利根さんは、さっき私に話しかけてくれたときとはまったく違う声音でピシャリと言い放った。おかげで視線が外され、慌てて呼吸を再開させる。


「……悪い」


 ボソッと呟き、そっぽを向いた黒髪の彼……高谷尋人。想像通りの低い声で、気まずそうな表情を浮かべている。


「努力する、ごめんね」


 次に口を開いたのは茶髪の彼、長篠誠。利根さんに答えてから、私に直接謝罪の言葉をかけてくれた。近くで見れば、2粒の小さなシルバーが耳たぶに光っている。とろけそうな甘いマスクで微笑まれれば、私はこくこくと頷くしかない。


「どうぞ、座って」

「……失礼します」


 利根さんに促され、さっきまでは3人だけで構成されていた「聖域」に私も着席した。

 ――さっき私が、無性にそうしたいと願った通りに。

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