始まりの合図
「セイだったら、彼女の3人や4人いそうなのに」
「3人や4人!? せめてひとりやふたりで……いやそれもショックだけど」
聞いていたリネが小さく笑い、セイはがっくりと肩を落とす。
「彼女なんていないよ」
「うそ!? セイに会いたい女の子はたくさんいるでしょう?」
「俺は会いたくないから」
……なるほど。確かにセイにだって、当然選ぶ権利はある。
なんて冷静ぶりながらも、現在セイとデートしている子がいないとわかってほっとしてしまった。リネ以外の女の子といっしょにいる姿は見たことがないものの、大学外での様子は知りようがないから。
「でも、ユウとなら会いたい」
「……え?」
「ユウさえ良ければ、だけど」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。私にとってあまりに都合がよすぎる。
けれどセイは至極真面目な表情で私を見つめていた。
「それいいね! ユウ、良かったらセイと遊んであげて。きっと誰より楽しませてくれるよ」
リネまでそんな……信じられない。だってこれは、友人同士の気軽な「ご飯行こう」じゃない。お互いに「デート」と意識した上でのお誘いだ。
「嫌かな?」
――本当は。外せない足枷のある私は、迷わず断るべきだとわかっている。
それでも不安そうにたずねられたら、胸が痛いくらい締めつけられた。だめだと思うのに、自分の気持ちを止められない。
「……私でいいの?」
「ユウがいいんだ」
「……」
「さっそく明日会わない?」
魅惑的に微笑まれ、息ができなくなる。
今日は金曜日だ。さっきまでは、土日になったらみんなと会えないって憂鬱になっていたのに……まさかこんな展開になるなんて。本当に運を使いすぎている。
「どこか行きたいところある? 映画、それともショッピング? 晴れてたら景色の良い公園でもいいね」
ぼうぜんとしている私に、セイはいくつものプランを提案してくれた。どうにか相づちを打つ中、頭では次々に悩みが吹き出してくる。
いったい何を着ていけばいいの? こんなことなら前回の買い物で新しい服を新調しておくんだった。美容院も今からじゃ予約が取れないだろうし――
「じゃあ明日、改札の前で」
「わかった」
終始動揺したままの私をよそに、セイはほとんどすべてのことを決めてくれた。
どうしよう。今夜は眠れないかもしれない。
「ユウ、休み明けにどうだったか聞かせてね!」
わくわくした様子のリネにうんと答えながら、激しく脈打っている心臓に手をあてる。
ちらりとセイをうかがい見れば、ふっと優しい目で微笑まれた。
*
「で、ここでどんな惨劇が起きたわけ? 俺のユウはどこ」
時刻は21時。流行りの軽快な音楽を流している私の部屋は、大変な状態になっている。
「足の踏み場もないってのは、こういうことを言うんだろうな……マジやば」
誰にともなくぼやきながら、嵐は私の部屋の中へ入ってきた。私はといえば、空き巣が入ったかのように物と服が散乱する部屋の中、ペたりと全身鏡の前に座りこんでいる。
「見っけた。服に埋もれちゃったのかと思ったよ」
しょんぼりうなだれた私を、嵐は後ろからするりと抱きしめてくる。相変わらず姉弟とは思えない甘さ具合……でも私は疲労困憊で、ツッコむ余力がない。
「どうしたのこれ」
耳元で優しく問われ、私は大きなため息をついた。
「明日の服が……決まらなくって」
「明日? どっか行くの」
「映画……」
「誰と?」
「……セイ」
私の答えに、嵐はパチパチとまばたきをする。
「セイ……セイ……え、誰?」
そして、思いっきり顔をしかめた。
「男!?」
「え? うん」
「は、誰それ? いつの間に……セイって誰だよ!」
とうとう父親みたいなことまで言い出した。男となんて! みたいな雰囲気出されても、今さらすぎて笑えもしない。
「俺聞いてないんだけど!」
「全部報告してたらおかしいって」
「俺とユウの場合は別! で、誰!?」
めげずに食い下がる嵐に、思わず苦笑する。オーケー、答えを聞くまで追及をやめないってやつね。
「この前、芸能人みたいな3人に出会ったって話したでしょ」
「え……」
「そのうちのひとり」
答えを聞いた嵐は、目を丸くして少しの間沈黙する。
「そ……か。名前、聞いてなかったっけ」
「男の子はセイとヒロ、女の子はリネっていうの。ヒロとリネは恋人同士だから、私が遊びに行くのはセイ」
「……」
「嵐? どうしたの?」
こんな早々に干渉が終わるのはめずらしい。不思議に思って首をかしげれば、嵐ははっと我に返る。
「あ、いや! なんでもない」
「……?」
「というか」
嵐は私に回していた腕に力を入れると、いつものような明るい笑顔を見せた。
「さっさと服決めないと。夜更かしすると肌荒れんぞ」
「や、やだ!」
それから嵐のアドバイスも借りて服を決定し、すぐにベッドへもぐりこんだ。久々の心|《躍》おど|るイベントなのに、寝不足でぼんやりするなんて絶対に嫌だし。
「楽しみ、だな」
本当に、こんなに心が浮き立つのはいつぶりだろう。そわそわする気持ちを抑えきれなくて、思わず頬が緩んでしまう。だから――
「……始まったな、ユウ」
――だから。嵐がひとり、隣の部屋で決意を新たにしていたなんて、気づくはずもなくて。
「俺が守ってやる。次は絶対に……!」
なにひとつ、知る由もなかった。
……ううん。思い出せなかったの――




