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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
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51/54

形代 五

部屋へ戻る途中、斉藤さんと藤堂さんに捕まって、部屋が一人部屋だと話すと、なぜか二人は布団と夕餉の膳を持って居座ってしまった。


「……部屋、勝手に移動して大丈夫ですか?」


出来れば帰って欲しいんですけど……


藤堂さんは人懐っこくて、話しやすいんだけど、斉藤さんは無口でどう接していいのか分からない。


三人で食事をしながら


「お前何しに来たんだ?平間さんと一緒にいただろう?」


芹沢局長に呼ばれて来たことと、なぜか船で新町に連れて行かれた話をした。


超美人なのに、怖い小寅太夫の話をすると


「……寅……」


と、斉藤さんが呟いた。


反応がうれしくて、


「そうなんです!なんか普段はいい子らしいんですけど、月のものの前はあんな風になってしまうそうなんです。確かにそういう子いたもんな……」


斉藤さんがお吸い物を吹いた。


「お前、そんな顔して言うな……医者って平気でそういう話するもんなのか?」


言われて、とんでもない話をした事に気が付いて二人に謝った。



藤堂さんは箸をおいて、


「なあ。近藤さんと芹沢さんなんかおかしくないか?」


他言してはいけないと言われた話を思い出して、煮物の筍を慌てて口に入れた。


「なんて言うかな……かみ合ってないよな」


「――両局長というか、新見、土方だ」


斉藤さんがぽつりこぼした。


藤堂さんが頷いて、


「斉藤。たまにしゃべると的を射てるな。そうだな。新見さんも何かやる気がないよな……今日だって、巡察の最中にいなくなるし。会津の広沢様にも喧嘩腰だ」


斉藤さんは黙って、こっちを見つめた。


「……何か?」


怪しまれてる?


私、何にも悪いことはしてないよ!


……多分



無言で立ち上がって部屋を出て行った。


――つ、疲れる……


「――で、福田」


藤堂さんが真面目な顔をして姿勢を正した。


「お前は救護班に戻ってくるのか?」


「はい。芹沢局長のそうしていいって言われました」


「斬っておきながらむちゃくちゃだな。てっきり除隊かと思ってた」



藤堂さんは布団を広げると、脱いだ袴をきれいに畳んだ。


私は畳み方を知らないから、ひだに変な織り目が付いてしまう。


「そうやって袴って畳むんですね」


「俺の畳み方は、この紐をこうやって交差させるところが格好がいいだろ?」


藤堂さん式畳み方を習っていると、斉藤さんが戻って来て、何も言わずに布団を敷いてさっさと寝てしまった。


斉藤さんは袴は畳まずに、広げたまま布団の下に広げるタイプらしい。




翌朝、私はどうしたらいいのか井上さんに相談したかったけれど、隊士の中から井上さんを見つけることは出来なかった。


新見局長が一人になるのを見計らって、声を掛けた。


迷惑そうに一瞥しただけで、近藤局長の方へ歩いて行く。


後を追おうとすると、野口さんに腕を掴まれた。


「……女を使ってまで、取り入ろうなんて芹沢局長は思ってない」


佐伯さんも隣に立って、近藤局長と話をする新見局長を見て


「ま。どっちでもええけど、筆頭局長は芹沢局長やし。あの人何焦ってんねん。焦って足引っ張らんとええがな……」


片目が不自由な平山さんも寄って来て


「しかし、目の付け所は悪くわない。尊王の公家さんの兵になる。したら、浪士組と市中で戦うことになるかもしれんが」


楽しそうにとんでもないことを言う。


「そんなの嫌です!!」


思わず大声を上げたら、部屋にいた隊士の視線がこっちに集まった。


「どうして一緒に浪士組を大きく出来ないんですか?皆で一緒に協力して……」


「それで、どうするんだ?何をするんだ?」


平山さんが笑って腕を組んだ。


「……何って」


会津と一緒に京都の市中警護をする。


尊王の志士を取り締まる――


もともと水戸の出の芹沢局長たちは、尊王。


ということは、志士と考え方は同じなの?


だったら……




「――一緒にいられない……の?」


ダメなの?




――佐幕も勤王も攘夷も公武合体も何かが悪いわけじゃない。



京へ向かう船に揺られながら、何度も考えてみたけれど。


歴史は幕府が負けるけれど、だからって佐幕がダメなのかと言えばそんな話ではないし。


近藤局長と芹沢局長のどっちがいいのかなんて……



船に揺られながら、目を閉じた。





「お父さんの会社でもいろんな人がいるから、一つにまとまるのは大変だよ」


お母さんが同窓会で、珍しくお父さんと二人だ。


テーブルにホットプレートを出して、今夜はお好み焼きにした。


「話し合いで決まればいいけれど、妥協したり……あんまりカッコよくはないけど、そんなことの方が多いよ」


「妥協?」


お好み焼きに豚バラを乗せた。


「思った通りなんて何でも進むことはありえないだろ?大体、自分の思う道をそのまま進んでる人なんて……お父さんはあったことないな。睦月、ひっくり返してみる?」


頷いてへらを両手に持った。


「それだってうちはへらって言うけど、てことかこてとか言うもんな。いろいろだな」


勢いを付けてひっくり返すと、キャベツが横へ飛んだ。


お父さんは笑って形を整えた。


「次は広島風」


うすく生地を丸く広げた。



夕刻へ京都へ戻ると、浪士組のお留守番組が増えていた。


私が大坂へ行く前にいた、島田さん、山崎さん、川島さん、林さんに加えて、山南さん、沖田さん、斉藤さんも戻って来ていた。


それから、何度か話したことのある佐々木さんと新入り隊士が三名。


ちょうど、稽古中だった皆さんに頭だけ下げて、脇をすり抜けて救護室へ向かった。


いろいろあった船旅ですっかり疲れていた。


救護室の障子に手をかけると一気に疲れが押し寄せてきた。


このまま畳に寝ころびたいと障子を開くと、部屋の中に井上さんとうっちゃんがいた。


今日は目が覚めるような藍に赤い大輪の花模様の着物。


横座りした裾から、白い足首が覗いていた。


そこに包帯が巻かれていた。


「おかえりやす。なあ。船やと夕刻になりましたやろ?」


井上さんに支えてもらいながら立ち上がった。


「おおきに。また寄ります」


縁側に腰掛けて、赤い鼻緒の下駄を引っ掛けた。


「籠を呼びましょうか?」


「井上はん、送ってくれへんの?」


声を掛けた井上さんを見上げた。


「籠を呼びます」


そう言う井上さんへ、頬を膨らませて


「しぶちん……」


足を引きずりながら、門の方へ歩いて行ってしまった。


――――なんだろう


この一連のうっちゃんの挙動に対して、私は目が離せなかった。


ゆっくり引きずる後ろ姿も、本当に……


「……困った借金取りですよね」


井上さんが草履を履いて、その後を追った。


「完敗ですね」


隣に馬越さんがいた。


「馬越さんも帰ってたの?」


「でも、俺は福田さんのケツも嫌いではないですよ?」


ケツ?


前を行くうっちゃんの後ろ姿をもう一度見つめた。


「!?ケツってお尻!?どこ見てんですか!ちょっと、うっちゃん送ってきます!」


背負っていた風呂敷包みを馬越さんへ押し付けて、井上さんを追い越して、うっちゃんの肩へ手をまわした。


「送って行きます!」


「なんや。福田はんか」


うっちゃんはくすりと笑って


「ほんまに福田はんは可愛らしいわ」


頭を撫でられた。


稽古してる前を通り過ぎる時、嫌って言うくらい視線を浴びた。


門の近くで稽古風景を眺めていた山南さんに頭を下げて


「山南さん。この人送ってきますね」


「はい。早く帰ってくるんだよ」


山南さんは帳面片手に、楽しそうに笑みを浮かべて返事した。




「菱屋知らんの?西陣は?」


うっちゃんは足を引きずりながら、四条通に出るとそのまま真っ直ぐ北へ進んで行った。


「あんまり京都の場所分からないんです。足、大丈夫ですか?」


うっちゃんはふうと息をついて、


「なあ、福田はん。ちょっとおいしいもんでも食べよか」


「え?私お金持ってない……」


「ええ、うっちゃんさんが奢ったる。甘いもん好き?」


腕を組まれて、近くのお店に引っ張られていった。


うっちゃんの隣に座ると、足の包帯が解けていたので巻き直した。


「福田はんは救護班なんやろ?浪士組のお医者の先生。偉い人なんや」


「違います!お医者なんて……只の雑用係です」


お茶とゼリーの様な涼しげな和菓子が運ばれてきた。


楊枝で切るのがもったいない。


「かわいい。中にいるの金魚ですよね!」


「そやね……」


うっちゃんは楽しそうに口に入れた。


「ねえ。福田はんはうちのこと嫌い?」


単刀直入な質問に、和菓子を一口入れて


「……何でそんなこと聞くんですか?」


「うち、大抵女に嫌われるねん。その子の気のある男にちょっかい出すから」


「――それは嫌われて当然です」


うっちゃんは大笑いして


「福田はんの、そういうとこ好きや。でも、うちホンマは男好きとちゃうん。仰山知ってますけど、やることやったら、自分のもんやて勘違いして物扱いや。何でも買うてくれる男もいたけど、束縛がひどくて……ほかの男と話しただけで殴られたわ」


他にも、店の金持ち出して一緒に逃げてくれ男。やくざ者に刺されそうになったとか……私には大人の話しすぎて、全く理解できない。


「今は、菱屋の妾や。奥さん亡くなられたけど、うちが本妻なんてのれんに泥塗る気かって煙たがられてるし……可哀想やろ?うち」


うっちゃんはにっこり笑った。


「うちのことは話したえ。次は福田はんや」


うっちゃんは興味深々の眼差しを向けた。


「……うっちゃんさんみたいに、すごいこと何にもないです」


「えー。あるやん。何で浪士組におるん?」


「何で?えーっと……気が付いたらここにいて、正太君に浪士組に連れて行ってもらって……居候になって……今に至ります」


あんまり端折りすぎたかなとうっちゃんを伺うと、お茶を飲んでいた。


「そんで、あのお兄さん方と仲良くなったちゅうことやな」


井上&馬越のことだろうか?


「安心して。あの二人にはちょっかい出さへんから」


「……別に出していいですよ」


うっちゃんは和菓子を二つ追加注文して


「うち、福田はんにちょっかい出したいねん」


うっちゃんに頭を撫でられた。


「――ごめんなさい。私……」


こんな格好してるけど女なんです。


あ、芹沢局長に女だっていいって言われてるから断わっとこう。


「言うたやん。うち、男好きちゃうって」


「女なんです。――え?」


「知っておまっ」


うっちゃんにぎゅうっっと抱きしめられた。


なんていい香りだろう……


最近、男臭いのに慣れてしまった。


女の人って柔らかくっていい香りだったんだなって……でも、おかよさんやお梅さんとかとも違う、本当にいい香り……


このまま眠ってしまいたい……


「福田はん。体が熱いわ……お熱ちゃう?」


「――て、私は変態か!」


うっちゃんを押しのけた。


「さて。井上はんに怒られる前に籠で帰ろう。またね、福田はん。これあげる」


うっちゃんは頭に差していたかんざしを私の頭に差した。


お店の人が呼んだ籠に乗って帰って行った。




屯所へ戻ると、稽古を終えた隊士が市中巡察へ出て行くところだった。


「暗くなる前に帰って来られましたか」


山南さんが八木邸の入口で、皆を見送っていた。


「籠で帰って行きました。夕餉の支度に行ってきます」


大分日は長くなったけれど、早くしないと暮れ六に間に合わない。


「井上君と馬越君が用意してくれてるよ。君は少し休んだ方がいい」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


頭を下げて行こうとすると、山南さんに引き止められた。


「救護室に戻って、鏡を見ておいで。君ならどう診断する?」




鏡を見て、真っ青な顔と目の下のくまにびっくりした。


そう言われれば、頭も痛いし、寒気もするような……


うっちゃんと別れて、帰り道もとてもだるかった……


「38.7……熱がある」


体温計は嘘は言わない。


急に倦怠感が襲ってきて、のろのろ布団を敷いて横になった。







「――ですから、福田は寝込んでおります。お帰り下さい」


井上さんの声で目を開けた。


「せやから、こういう時は女に任せときて言うてるやん。井上はんは他のお勤めがありますやろ?」


すっかり明るい……朝?


朝まで寝てたの!?


「……そんなに福田はんが心配なん?へー」


うっちゃんの声もする。


体を起こすと、うっちゃんが部屋へ入ってきた。


「おはようさん。お粥さん食べよ」


締まる障子の隙間から、井上さんと目が合った。


なぜかうっちゃんが看病してくれるらしい。


腫れていた喉に、お粥が染みた。


「……これ井上さん……」


とろりダシと塩だけのやさしいお粥。


「よう分かったな。井上はんがこしらえました。食べたら着替えよか」



うっちゃんは私の浴衣や襦袢を見て絶句した。


「……あかん。いつもこんなん?」


「男の格好してますから……」


「男の振りしとかなあきまへんの?でも、この女物も着物と帯と合うてへん……もう単やろ?ちょっと待っとき」


うっちゃんが出て行って、馬越さんが入れ替わりにやって来た。



「……部屋が粉臭っ」


部屋の障子を全部全開にした。


「お梅さん……クソババアじゃない方です。今朝早くから井上さんともめてますよ。やれ、お粥はどっちが作るだ、看病はうちがするだ。沖田さんもうるさいからって、大部屋にいますよ……俺も熱出ないかな?」


馬越さんは手拭を絞って、額にのせてくれた。


「気持ちいい……」


馬越さんは爽やかに笑って


「首と脇とそけい部も冷やしましょうか?」


「……お断りします」





「救護班はこちらですか?」


首だけ動かして外を見ると、清涼飲料水のCM並の爽やかな隊士が立っていた。


それに比べたら馬越さんの笑顔なんて作りもんだ。


「山野です。今朝、稽古で痛めた所が青くなってしまって、こちらで見てもらう様に言われました」


ちっと馬越さんは舌打ちして、隣の部屋へ山野さんを通した。


そういえば、新しい隊士も増えたから、名簿を作らないといけないな。


毎朝、健康観察をして、救護班としては隊士の体調を把握しておかないと。


熱で浮かされながら、そんなことを考えていた。





「――何をしてるのですか?」


井上さんのいらいらした声で目が覚めた。


井上さんってあんまり怒らないから珍しいなと、隣の部屋へ首をめぐらす。


「何ってお着替えどす。今までこんなん着せられて忍びないやろ?」


うっちゃんが畳に着物を広げていた。


その前で井上さんが正座していた。


「福田さんは諸般の事情で、このような身なりであって――」


うっちゃんが井上さんの顔の前に手を出して言葉を遮った。


「襦袢ぐらい可愛らしくてもええやん。こんな煮しまった様な色、可哀想やん。それに、井上さんかてこっちのが脱がした時、楽しいでっしゃろ?」


――脱がす?


うっちゃんは白地に赤い花の散った襦袢を肩に羽織って微笑んだ。


「似合うと思うけどなあ……福田はん」


え!?


脱がすって私を!?


何言ってんの!うっちゃん!!井上さんに!!!


井上さんは、少し考えるように頭を振って、うっちゃんの横にある黒字に赤い花の襦袢を手に取った。


「福田さんは淡い色が似あうので、襦袢は逆にこの位濃い色の方が……」


……私にはちょっと、セクシー過ぎないか?


襖の陰から、馬越さんがピンク色の襦袢を持って顔を出した。


「井上さんて意外と玄人好みですね。俺はこういう方が好みです」


……可愛すぎるよ……


「ふうん。二人の趣味ってそんなん。うちはこっちの黄色も似合うと思うんやけど」


あ!それ好き!!さすがうっちゃん!!!


って、私の襦袢をなんで三人で選んでるの!!


三人の会話に恥ずかしくなって、そのまま寝たふりを続けた。



――――そして、五月十日。


いつもと同じように朝がきて、肩の痛みも引いて風邪も全快した私は、朝稽古に参加した。


井上さんに基本の足さばきから習い、竹刀は左手で持つようにすること、右足が動いてから竹刀を振ること――


そうして数日がったって、攘夷決行の日がやって来ていた。



















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