形代、三
山崎さんと川島さん、それから林信太郎さんは、いろんな衣装をとっかえひっかえ救護室へ持ち込んできた。
それもこれも!
「福田さんはお裁縫も得意や」
という、山崎さんの一言のせいだ!
皆が留守の間に、しておきたかったことの計画は少しも進まないし……
確かに家庭科は好きだけれど、何でも縫えるわけじゃない。
着物なんてどうやって縫うんだか分かんないのに。
「ミシンもないのに……」
「先生。ミシンとはなんだ?」
林さんが救急箱の体温計で熱を測りまくって、ピピピっとなる仕組みが分からんと、分解するのを慌てて止めた。
貴重な体温計を!
電池がなくなったら使えないのに!!
「先生じゃないので私は……」
縫物に集中していると、いつの間にか救急箱の中身をひっくり返しているし……
「――何してんですか……」
「ここに書いてある文字はなんだ?異国のものか?」
救急箱の裏に貼ってあるシールの事だ。
「Made in Japan……日本製です」
「めいどいんじゃぱ?」
林さんて原田さん達位の歳かな……
救急箱の中身をきれいに戻すと、目の前にあぐらをかいた。
「この、うがい、手洗いとはなんだ?」
部屋の隅に重ねておいた張り紙に今度は興味がうつったのか……
「病気の予防です。外から帰ってきたら、うがい手洗いをしましょう。たくさんばい菌が付いてますからね!」
「ばい菌とはなんだ?」
「病気の元です」
「どんな姿をしている?」
「え?……小さくて見えませんよ」
「では何故ばい菌が付いていると分かる?」
――きっと、林さんて探究心が強いだけなんだろうけど
半刻もこの調子だと、
――ちょっとウザいから出て行って
そう思わずにはいられない。
羽織の紐を付けて、ため息をついた。
「飯だ飯」
島田さんが五人分の御膳を持って来てくれた。
後ろから川島さんと山崎さんも湯呑を持ってやって来た。
目の前に座った島田さんは――なにもかもがデカい。
持っているご飯茶碗も小さく見える。
その隣の川島さんは落ち着かない様子で、救護室をきょろきょろ眺めていた。
山崎さんは私の右隣で黙って手を合わせた。
「……あの、この着物は誰のですか?」
林さんが左隣に座って湯呑を取って
「……我々は監察で使用する」
「観察?」
「隊士の取り締まりや隠密のような仕事だ」
「へー。で、この衣装が必要ってことですか?」
林さんは頷いて、味噌汁のお椀を取った。
島田さんは箸をおいて
「……まあ、役が役だけにあまりおおっぴらには話せないんだがね」
その意味がよく分からなかったけれど、うなずいておいた。
四人は私が適当にサイズを直した着物を着て、街へ出て行った。
……島田さんだけ大きすぎて、着物がなかったから、そのままの格好だったけれど。
「医者の勉強だけではなくて、着物の縫い方も習ってこないといけないな……」
でも、屯所を空けるのも気がひけて、その日はお風呂掃除に取り掛かった。
四人が町へ出て何をしているかは知らないけれど、それから二日こんな日が続いた。
私は食事の支度や掃除をして、肩の治療で吉川先生のところへ通った。
――インターンは先生の腰痛のため、出来なくなってしまったけれど。
お光さんに葛根湯が急な痛みには効くからと、処方してもらっていると、後ろから目隠しされた。
「だーれだ!」
掠れた男の子の声――!
返事の代わりに振り返って、ぎゅっと抱き締めた。
「にいちゃん痛いわ!」
「元気になったの!良かった……」
腕のなかで正太君が膨れっ面で見上げていた。
「まだ完璧やおへん。傷が膿まんように気いつけなはれ」
お光さんに言われて、正太君を放すと、まだ首に包帯を巻いていた。
平気だと答えて、お光さんに花を一枝差し出した。
「菖蒲?きれいやわ」
お光さんが部屋を出ると、正太君が小声で囁いた。
「――にいちゃんがホンマはねえちゃんなんは、黙っとく」
「え?」
正太君は真面目な顔で頷いて
「にいちゃんが怪我して運ばれた時に聞いてしまったんや。でも、誰にも言うてへん」
「……正太君……」
なんて答えたらいいのか言い淀んでいると
「もう行かな。おかんが心配するからな」
正太君と入れ替わりにお光さんが戻ってきた。
「あんまり無理せなええけど……福田さん、うちに何か聞きたいことがあるんでしたな?」
正太君の再会ですっかり忘れてた。
「あの……お裁縫を教えて欲しいんです!」
「……また、意外やわ。てっきり……いえ、女子としてのたしなみや。ええ、心意気です。うちで良ければ教えましょ」
畳に手をついて頭を下げた。
「ありがとうございます。八木家の方も、お梅さんも忙しそうで……頼れる人が居なくて……」
お光さんは考えるように、口に拳を当てて
「浴衣でも縫ってみましょか?井上はんの身丈やら計って来てや 」
「……井上はんの?」
「ええ、花嫁修業でっしゃろ?井上はんに嫁ぐ願掛けが叶って……局長はんらはやりたく無さそうでしたけど。井上はんが貰いますって言わはって……あれ?違いました?」
――それは馬越インチキ祈願です
浴衣の縫い方を習う約束をして屯所への帰り、急な雨になった。
家の軒先で雨宿りをさせてもらった。
「……八木家の奥さんといい山崎さんといい、何で井上さんが出てくるかな……」
良く一緒にいるから誤解されるのだろうか?
馬越さんだって一緒にいるけど。
雨に降られた侍が隣に駆け込んできた。
「いやはや。今朝はよい天気であったが、この時季は傘は持ち歩かねばならぬな」
軽く会釈して空を見上げた。
「尋ねたい事が有るのだが……壬生浪士組を知らぬか?」
入隊希望者?
「私は浪士組の者です。案内しましょうか?」
侍はこっちをしばらく眺めて
「――帯刀もせず不用心な。浪士組とは誰彼構わず入れておるのか?」
――!
また私のせいで浪士組がなめられる……
「私はただの救援班です。隊士ではありません……」
答えながら胸が苦しくなった。
「隊士ではない?剣客を求めているのではないのか」
「剣に覚えのあるものだけではありません。医術に詳しい者もいれば、勘定方も居ます。他にも……芸能記者みたいな人とか……」
他にはどんな人がいるかなと思案していると
「戦術に詳しいものはいるか?」
「戦術ですか?どうかな……」
「居ないか?それは困っておろう」
……困っているかな?
「……そうですね……」
曖昧な返事をして空を見上げた。
雨も小降りになってきた。
「入隊試験はいつあるのだ?」
「今は警護で大坂へ行っているので、戻ってからになると思うのですが……あ、良かったら、お名前と住所……住まいを教えて下さい。分かりましたらご連絡します 」
侍は結構と手のひらを向けて
「わしもすぐにと言うわけには参らん。他にも引く手数多な身。縁があれば参ろう」
「……そうですか。よろしくお願いします」
雨も止んでぬかるんだ道を、農民が簑を被って通りすぎた。
侍は水溜まりも気にしないで真っ直ぐ歩いていった。
行商人が後ろから来て、私の隣へ並んだ。
雨も止んだし、屯所へ帰ろうと歩き出すと
「福田さん、川島です」
行商人が追いかけてきた。
「川島……?え!川島さん!?何してんですか?」
顔を覗き込んで、やっと気が付いた。
良く見たら、私が適当に縫った黄土色の羽織を着ていた。
「……気付かれなかったならしめたもんやな」
うっすら笑った。
「他の人は?」
回りを見渡すと、農民が簑を外して近付いてきた。
「……林さん……」
山崎さんと島田さんは?
前川邸の前で、薬売りが待っていた。
「……山崎さん……島田さんは?」
門を潜ると、川原乞食がござにくるまってしゃがんでいた。
「……島田さん……デカ……」
目立つよ……
「そのリアルに汚れて古い着物はどうしたんですか?」
島田さんはござを丸めながら
「変えてもらった。誠の川原者と」
――マジですか!?
「福田君なら女子に化けても良さそうだな。きっと可愛らしいぞ」
島田さんは笑いながらリアル川原乞食着物を脱いだ。
――ぎゃー!!褌一枚なんですけど!!
「先生にも監察の仕事を頼むのですかい?」
林さんが側へ寄ってきて、囁いた。
「……して、門から覗いてる御仁は知り合いか?」
皆で振り返ると、頭が引っ込んだ。
顔が良く見えなかったから、誰だか分からなかった。
「密偵の稽古がてら、着けてみるかい?」
四人は面白そうに頷いて、めいめい屯所を出ていった。
監察組の 皆さんは、こんな具合にふらっと居なくなったり、ご飯を用意していても、帰ってきたり来なかったりで、三日目からは
「……もう、放っとこう」
気にするのをやめた。
夕餉を一人で食べて、ご馳走さまと手を合わせると、川島さんが戻ってきた。
「飯はあるか?」
普通に羽織袴を着ていた。
「ないです。いつ帰ってくるか分からないので、作らないことにしました」
「……えー、死んでまうわ……福田さん……」
うらめしそうに言われても、知りませんよ。
「ご飯いるならいる!いらないならいらないと、ちゃんと連絡してください。作る身にもなって下さい」
川島さんは、はいと小さく返事して
「おかんみたいやな……」
「!?私はまだ十五……じゃなかった、十七ですけど!しょうがないな……何かあるか、かよさんに聞いて来るから……」
お膳を持って立ち上がると、川島さんが嬉しそうについてきた。
川島さんって、何て言うか……年上だけど、お世話焼きたくなるタイプなんだよね。
着物を縫うときも、そばでジーっと真剣に見ているし、私の作った塩むすびも、美味しそうに食べてくれるし――ほら、ご飯粒頬っぺたについてるよ!
……何て言うか……
「母性本能をくすぐるタイプ?」
「福田さんご馳走さま。後は俺がやっとくから先に休んでや……」
危なっかしい手付きで、椀を洗い出した。
つるりと手を滑らすて、かんと土間に椀がおちた。
「ああもう!」
かよさんが母屋から下りてきた。
「うちがやりますから!」
しゅんと肩を落として厨を出ていく後ろ姿も……慰めてこようかな……
ふと、かよさんと目があった。
「福田はん。あきまへんえ。ああいうお人は一緒になったら、苦労しますえ……」
「え?一緒になるもなにも……ただ、何か構いたくなるんですよね……」
かよさんは椀を拭きながら
「だからどす。何でもやってしまってあげて、挙句の果てに、仕事かてうちがやってご飯食べさしたるー!って、なるからな……はまったらあきまへん」
……そんな事はないと思いますけど……
片付けが終わると、かよさんから懐紙にくるんだお菓子をもらった。
「川島はんとお食べ。ちょっと言い過ぎたやろか?うち……こないだこのお菓子を差し上げたらな、上手いと童子のように喜んではったからな」
羽織の紐もとれかけてたから、縫うてやりと言うかよさんに
「はまったらあきまへん」
と同じことを忠告しておいた。
鎖骨の痛みもなくなって、今日はプール開きだ。
水泳が苦手な久美ちゃんは、生理だと嘘をついて見学した。
体育の授業は男女別々だけれど、プール開きは合同でするらしい。
「お前の水着、全然かわいくないな……せめて、ワンピース型にしろよ」
上下が別々になって、下は短パン型で上は長袖のラッシュガードにいちゃもんをつけてくるのは
「充……こんな体育の授業で色気を振り撒く馬鹿がどこにいる……」
充が指差した方を見ると、今年から新任の勝野美紀二十三歳が、美脚をあらわにプールサイドに現れた。
「綺麗な脚……って、あんた馬鹿?」
「本当だ。綺麗な脚だね」
ザッキーも充の横で先生を眺めた。
「でも、俺は福田さんくらいの太さの方が好きだけど……」
「は?」
ザッキーの発言に、充と二人で返事をした。
私の方が好き?
熱くなった頬を充が見て
「……ザッキー……遠回しに、睦月の脚が太いって……酷くね?」
「そう言う意味ではないんだけど……」
ピーっ笛がなって、皆がプールに飛び込んだ。
「……どうせ、私は脚が太いですよ……」
二人をおいてプールへ飛び込んだ。




