井馬福同盟、二
熱も下がり、右肩も固定しておけば痛みも無くなった。
浪士組へ戻ろうと、荷物を整理していると、思いがけない人が訪ねてきた。
今日は侍の姿をしている……
「具合はどうや?」
関わらないと言っていた山崎丞さん。
この人苦手だ……
「……大丈夫です。今から戻ります」
「今戻っても誰もおらんわ。皆大坂へ行きよった」
将軍様の下坂の警護は今日だったの!?
……どうしよう……一人で留守番するしかないか……あれ?
「あの……山崎さんは行かなかったんですか?」
つり目気味の大きな目で睨まれた。
「留守を頼まれた。昨日まで寝込んでいたからな……」
ふーん。戦力外で置いていかれたんだ
「……残念でしたね……で、何か用ですか?」
あれ?また睨まれた……何か悪いこと言ったかな……
「局長に頼まれたから来たんや……荷物はこれだけか?」
部屋の角にまとめてあった風呂敷を持ってくれた。
「はい……ありがとうございます」
なんだか嫌々無理矢理来ました感がたっぷりだね
吉川先生のうちを出て、山崎さんの少し後ろを歩いた。
「他に留守番の人いるんですか?」
「……おらん」
……おらん……え!?二人きり!!
えー嫌だな……まだ吉川先生の所にいれば良かった……どうしよう……
「お前、今、嫌やなあとか思ったやろ?」
山崎さんが振り返って笑った。
「え!?そんなこと思いません……よ」
「……そうか?勘違いか?……て、思いっきり顔に出とるわボケ!」
……怖いけど、ノリツッコミ……
実は面白い人なのかな…………?
胸から紙を出して
「井上さんと頭おかしい奴からや」
すみませんと受け取った。
前川邸に着くと、真っ先に救護室へ向かった。
山崎さんから荷物を受け取って、一人部屋でため息をついた。
何か疲れた……
文机に突っ伏して、もらった紙を広げた。
「井福同盟はやめて、井馬福同盟とします……なにこれ?」
井福同盟はなんだっけ?
確か……バラさない、バレない、今まで通り……みたいなやつだったかな?
非核三原則みたいだな……
「馬は馬越さんだよね……今まで通りに友達でいてくれるってこと?」
本当に!?
セクハラされたりでちょっとどうしようかなと思ってたけど…………
やっぱり嬉しくて、ちょっと泣きそう……
「よし!皆が帰ってくる前に、屯所きれいにしておこう!布団も干して!」
隣の八木邸へ物干し竿を借りに行った。
いつもいるおかよさんはいなくて、中からもう少し年配の女の人が出てきた。
いつか男女と言われた男の子も一緒に。
「あら?福田はん……芹沢はんに斬られはったんや……」
私のこと知ってるんだ。
誰だろう……?
「八木の家内どす。お話するのは初めてやな。家を開けてましたから」
「あ!お世話になってます!」
物干し竿を左手で三本抱えて、雑魚寝の部屋までやって来た。
…………しまった。
右手が使えないから布団が干せない……
どうしよう……
「何事や?」
山崎さんが部屋から出てきた。
「…………お願いしたいことがあるんですけど」
山崎さんは意外と文句も言わずに、紐で結んであったシーツをはずして……中には無いものもあったけど……縁側へ布団を広げてくれた。
シーツを集めて桶に入れた。
手で洗えないので、足で踏んだらきれいになりそう。
シーツが足らない枚数をメモった。
雑巾を何とか絞って、雑魚寝の部屋の畳を拭いていく。
汚すぎる……
前に井上さんが救護室の掃除をしたときの雑巾の汚れのレベルじゃない。
「……掃除の時間を作ってもらわないと」
「もう干すもんないんか?」
山崎さんの言葉で部屋を見回して、積んである枕を指差した。
八木邸の掃除もやりたかったけど、病明けには堪える。
お茶にしよう。
枕を一つ一つ拭いている山崎さんの側へ、お茶を黙って置いて、逃げるように救護室へ戻った。
あんまり関わると迷惑がられるから……
あ!そういえば、局長にもらったお菓子があった。
風呂敷を解いて、お菓子の箱を探すと、浴衣と一緒にお気に入りのブラが…………
「……誰が着替えさせてくれたんだろ?お光さんだよね……うん……」
気を取り直して、お菓子の箱~
「あった!砂糖でコーティングした……豆?」
色んな色があっておいしそう。
山崎さんにも持っていこうかな?
「いやいや、関わっては行けない……」
悩んだけれど、半分紙に包んだ。
枕を縁側で並べている山崎さんのお茶の側へ置いて、逃げる……
「……おいこら」
「はい?」
逃げるように救護室へ戻るはずが、二人でランチしてるのはなぜかな?
それも、お梅さんのお店で…………?
馬越さんが教えたのかな?
いや、それはないな……
お梅さんは顔を見るなり、駆け寄ってきて、色々心配してくれたけど、お店が忙しくて、注文をとると奥へ引っ込んだ。
「なんや、知り合いか?」
「はい……」
しかし、一番驚いたのは
「浪士組の方ですのん?皆様大坂へ行きはったんや……?」
この、小さくて白くて、たれ目気味の、いかにも柔らかそうな女の子は誰?
他の客に「こまちはーん」と呼ばれて、振り返ったうなじも、本当に細くて
「可愛い……アイドルみたい……」
「何言うてますの……うちなんか全然……」
山崎さんはこまちさんからお茶を受け取って
「二人で留守番や。なあ?」
人懐っこい笑顔をこっちへ向ける。
……それ、うそ笑顔って知ってるから!
「ここのお梅はんの甥も浪士組にいてはるんどす」
……知ってます
あれ?前に聞いた、馬越さんのことを他の隊士を使って、色々聞き出そうとしてた、小料理屋の小町ちゃんて……
山崎さんを見るとうそ笑顔で頷いた。
「そうや。こまちちゃんや」
「え!馬越さんのこと好きな?!」
一瞬でこまちちゃんは真っ赤になって、お盆を胸にぎゅっと抱いて、呼ばれたお客さんの方へ走っていった。
「……あほ。気い使え」
「え?だって!超可愛くないですか!?馬越さんにはもったいなくない?」
山崎さんはうそ笑顔のまま
「……何を言うてるか、全く分からんわ。可愛いのか、可愛くないのか?もったいないのか、もったいなくないのか……」
「可愛くてもったいないってことです!頭の中変態なのに馬越さん……」
お茶を一口飲むと、山崎さんがにやにや笑った。
「不憫やな……あいつ」
「不憫じゃなくて、本当のことです。顔と頭の中のギャップが凄いんです。女の子は大好きだし」
しかし、店の客男ばっかりだな。
皆ちらちら、こまちちゃんを見てるし……
「山崎さんもこまちちゃんファン?目当てですか?」
意外と若い子好き?
「……山崎さんて何歳ですか?」
「三十路で十八の娘、好きで悪いか……って、あほか!今日ここへ来たんわ……」
こまちちゃんが料理を持ってきて、話が止まった。
「……来たのは何?」
「もうよう分かったからええ……不憫やあいつ」
財布を無くしていたことにお勘定の時に気付いたけれど、なぜか山崎さんがおごってくれた。
店を出ると、こまちちゃんも見送りに出てきた。
「あのお……福田はん……ちょっと……」
呼ばれて山崎さんを置いて、お店の外れまで来ると、こまちちゃんに腕をつかまれた。
「馬越はんとは仲良ろしいんでっしゃろ?」
うるうるの瞳が子犬見たいで可愛い。
「……はい。同じ救護班ですから」
「……その……決まったお人とかいてはります?」
ピンク色の唇をぎゅっと噛み締めた。
「決まったお人って、好きな人とか?恋人のこと?……いないんじゃないかな……女の子は皆好き……」
いけない。
こんな可愛い子に、悪い印象を持たせたら、馬越さんに怒られる。
「……いえ、皆に優しいですから」
こまちちゃんは正に天使の微笑みを浮かべて
「うち、お店のお手伝い出来るの、後七日だけの約束で……お会いしたいんどす……」
「うーん……大坂からいつ戻るのかも分からないので」
ふとお珠ちゃんの顔が浮かんだ。
「戻らはったら、うちのことよろしゅう伝えてもらえまっか?」
お珠ちゃんも馬越さんが好きなんだ。
こまちちゃんも好きなんだよね?
捕まれていた左手を軽く振りほどいた。
「……すみません。私はこまちさんの応援は出来ません。親友も馬越さんのこと好きで…………え?」
こまちちゃんの子犬の瞳から涙が溢れて落ちた。
ちょっと……女だけど胸がきゅんとするくらい、可愛いいんだけど!
「あきまへんか?」
子首をかしげる姿に、思わずいいよって言いそうになったけど
「すみません」
頑張ったよ……お珠ちゃん!
こまちちゃんに背を向けて、山崎さんの後を追いかけた。
隣に並ぶとにやにや笑っていた。
「やられたか?泣き落としこまち。若い隊士は何人もあの技で落とされとんや」
「え?!何人も!」
「皆、自分だけやと思ってるさかいな……後であの女、痛い目見るでホンマに……」
「………うそ泣きなんですかあれ……めっちゃ可愛かったのに~」
右手を吊っていた包帯のずれを治した。
「あんな面倒なことしないで、直で馬越さんにしたら、いちころな気がするけど……」
山崎さんはまたにやにや笑いながら
「一緒に居るのになんも知らんのやな……あいつ惚れてる女いるらしいわ……」
惚れてる?
びっくりして胸の辺りがぎゅっとなった。
誰だ!?
前に、私がぶつかって送っていった武家の娘さん?
大坂のお夏さん?
まさかお珠ちゃん?
おこし屋のお姉さん?
井上さんの姉上?
山崎さんの視線に気付いて顔をあげた。
相変わらずにやにやしている。
……でも仲が悪いのに、なんで私も知らないこと知ってるの?
まさか!
「……うそですか?」
「さてな……本人に聞いてみ。少し陰ってきたな……」
山崎さんは空に広がってきた雲を眺めた。
「さて、福田さんと仲良しもここまでや。悪かったな……いらんこと言うて……まさか斬られるとは思いもせんよってな……そこまでの覚悟でおるとは……」
山崎さんは横目でこっちを見て
「……斬られたふりして出て行けばええのに」
睨み付けられて息が止まった。
「後は一人でやっておく。怪我人はうろちょろされると邪魔や。救護室から出るな」
はいと返事をしたら、山崎さんは満足なのかな。
今までなら泣いて、悔しくて、出て行くことばかり考えていたけれど。
一回斬られて……峰打ちだけど、私の中で、何かが変わったみたい。
「なんや?」
じっと顔を見ていたら、不機嫌そうに眉を寄せた。
「あきらめて下さい。私のことは」
「なんのことや……」
息を思いきり吸い込んだ。
「私は出て行かないし!女だし!救護班だし!ってことです!いくら山崎さんに嫌われても、それは変えられません!以上!」
ああスッキリした!
山崎さんを追い越して数歩歩いて
「布団はお願いします。うろちょろはしませんから」
深呼吸して、屯所へ向かった。
……そう。
あきらめたんだと思う。
何をと言われても、よく分からないのだけれど……
何か迷惑をかけても、私は斬られて終わって、浪士組にも、局長にも迷惑が掛かるわけでは無いのだと……多分、それで全部平常に戻る。
どうして今回は峰打ちで許されたのかは分からないけれど、次はきっと…………
「私の価値なんてそんなもの」
いつか井上さんが自分の代わりなどいくらでもいると言っていたけれど、少しそれに似ているかも……
少し疲れた。
病明けには少し堪えた。
布団はたくさん干してあって、取り込むのは大変そうだったけれど、無視して救護室で横になった。
静かだな……
畳が冷たくて気持ちいい…………
局長達は大坂へ着いたのかな?
下坂の警護に、だんだら羽織着て行ったのかな
見たかったな……皆の記念写真撮りたかった……
「……あの…………」
声がして目を開けた。
開いた障子から、知らない侍が見えた。
慌てて起きて正座した。
「……もしかして、浪士組は大坂へ行かれましたか?来るとき、下坂の行列とすれ違ったので……」
「はい。えーっと…………」
男は隊士募集のちらしを持っていた。
誰もいないからどうしよう……
私と山崎さんしかいないのに…………
山崎さんしかいないから、しようがなく相談することにした。
布団にシーツをかけながら
「名と住まいだけ聞いて帰せ。今はどうにもならんやろ?」
そうなんだけど、せっかく来て下さったのに悪くない?
「……はい」
と男へ伝えに言った。
では大坂へ行ってみると言う男へ、京屋への行き方を話していると、山崎さんがふらりとやって来て
「何なら一緒に行きましょか?」
え!?私一人で留守番?
山崎さんは嬉々として、荷物をまとめると
「ほな。後は頼んだで」
……頼まれてもどうしたらいいのー!?
振り返りもせずに、男と屯所を後にした。
さっきまで名前と住まい聞いて帰せって言ってたのにどういうこと?
雑魚寝部屋の戸締まりに向かうと、布団が綺麗に部屋の角へ畳まれていた。
雨戸を閉めて、八木邸へ物干し竿を返しに行った。
厨からはおいしい香りが漂ってきた。
かよさんが竃の前で立って、ぼんやりうちわを仰いでいた。
「物干し竿ありがとうございました」
戸口に立て掛けると、かよさんのうちわが土間に落ちた。
「福田はん……あんた無事で…………」
「さっきも八木さんの奥さんに斬られたんじゃないのって聞かれました。もう大丈夫です」
かよさんは小走りで駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめられた。
「なんで戻って来てん……こんなひどい目に遭うて……」
「大丈夫ですよ。逆になんて言うか、もやもやが晴れたというか……」
かよさんは、じっと顔を覗き込んで
「……逃げや。今は誰もおらん。今のうちにここから逃げたらええ」
「え?」
何の話か分からなくて立ち尽くしていると、かよさんはお釜の蓋を開けて、おにぎりを作りだした。
「ここにおっても福田はんええことないやろ?入ってきた頃は、もっとぽちゃーっとして可愛らしかったんに、近頃は暗い顔ばかりして……応援してたうちらも忍びないわ…………」
ぽちゃーっとしてた?
え?
私、太ってた?
確かに昔から、ほっぺがむにむにでかわいいと、家族からは言われていたけれど……確かにそんなに細い方ではないよ。
でも…………
太ってる?!
「……何してん?腹なんかつまんで……あら、旦那はん」
奥から男の人が出てきた。
旦那さんってことは八木家のご主人?!
「お世話になってます!」
頭を下げると、相手は土間に転げ落ちた。
救急箱を持って母屋へ上がった。
こっちの部屋へ入るのは初めてだ。
漂ってくるお線香の香りは、祖父母の家と同じ匂い。
ご主人の擦りむいた肘を消毒した。
足も挫いたみたいだけど、湿布はきれていたので、手拭いを濡らして冷やす。
子供の走る音がして、さっき会った男の子と後から十二、三歳位の男の子が部屋を覗いた。
小さい方は、奥の部屋へ走って行った。
「……戻りました……!」
こっちを見て息をのんだ。
「幽霊……」
「為三郎……」
旦那さんが諌めた。
幽霊?私のこと?
「幽霊なら、ひーちゃんに逢いたいわ……」
奥さんがお茶を置いて、呟いてすぐに出ていった。
母屋を出て、お借りしている離れに向かう。
途中、かよさんが厨からから出てきて、包みを手渡された。
「弁当……作ったんやけど。ホンマに出て行かへんのやな?」
うなずいて
「かよさん……ご不幸が有ったの?」
紺色の風呂敷を受け取った。
「……うん。局長はんらも加勢してくらはったえ」
「……そう…………」
何て言ったら良いのか分からなくて、八木の奥さんにも、旦那さんにもなにも言わずに出て来てしまった。
「……おい幽霊。忘れもんや」
為三郎君がピンセットを持って来てくれた。
「ありがとう」
「あいつらおらんと、静かでええわ」
「ごめんなさい……」
為三郎君は大袈裟にため息ついて
「おかよはん、腹へった。何かある?」
私のお弁当を差し出そうとすると、
「それは、夕餉にでもして。奥に貰い物の菓子があったかいな……」
話の途中で為三郎君は厨へ入って行った。
「ところで、留守は福田はんだけなんか?」
「さっきまで、山崎さんがいたんですけど、多分一人です」
「屋敷に一人なんて物騒やな……今夜はこっちで寝たら?」
そう言われたらそうだな……
はいと返事をして、救護室へ戻った。
誰もいない八木邸の離れは、静かで耳がきーんとするほどだ。
やっぱり臭い布団に寝ころんで、蛙の声を聞いていた。
「皆大阪でどうしてるかな……」
一人だと、ちょっとした物音も気になる。
風が吹いて、静かに雨が降ってきた。
前川邸は全部雨戸閉めてきたから大丈夫だよね。
寝返り打つと肩が痛む。
皆いつ帰ってくるんだろう…………
舞台から落ちて、三度目の定期検診に通った。
先生にもう大丈夫だと言われ、お礼を言って診察室を出た。
町でも一番大きい病院だから、会計を待つにも時間がかかる。
待合室の椅子に座って、名前を呼ばれるのを待っていた。
「井上さ~ん」
隣に座っていた茶髪でマスクのちょっと怖そうなお兄さんが席を立った。
「馬越さ~ん」
ぽってりお腹の出たスーツ姿のおじさん。
「沖田さ~ん」
赤ちゃんを抱いたお母さん……
…………どっかで聞いたような名前が続くな
「山崎さ~ん」
おお!次は誰だろう?
「福田さーん」
……残念
立ち上がって受付へ歩く。
時計は十時を回っていた。
今日は土曜日で部活もない。
帰りに本屋でも寄って帰ろう。




