恋心と友情は紙一重、四
朝稽古の隊士の間を走って抜けて、前川邸を飛び出した。
道の小石を踏んで、自分が裸足だと気付いたけれど、そのまま近くのお寺の門を潜った。
歩きながら着物を直した。
右の拳がずきずき傷む。
胸も痛い……
「……痛い…………」
お寺の境内の下に腰を下ろした。
皆に胸見られたよね……
井上さんにも沖田さんにも……
「馬越さんの馬鹿ぁ…………」
寺の入り口から井上さんの声がした。
あわてて縁の下に隠れた。
「福田さーん!」
お願い……どっか行って!誰にも会いたくない……
恥ずかしくて本当に顔から火が出そうなんだって!
体育座りのまま頭を伏せた。
どのくらいその姿勢のままで、泣いていたのだろう。
お尻が痛くなって、顔を上げた。
目が腫れてるなこれは。
髪を一度ほどいて結び直した。
「何してはるの?お侍はん?」
子供の声がして、回りを見渡すけれど誰もいない。
「京は寺が多いので見物をしている所です」
右の角から井上さんの声がした。
「せやけどずっとそこへおるやん。うちかくれんぼしたいんや。そこ退いてや」
「他に隠れるところはないかな……」
「そこがええ!」
「困ったな……」
ヤバイ!見つかる!!
あわてて頭をぶつけた。
女の子がしゃがんで覗いていた。
「誰かおる」
「もう見つけてもいいですか?福田さん」
「…………はい」
諦めて縁の下から這い出た。
「うちが隠れてるの内緒やで!」
代わりに女の子が潜った。
「屯所に戻りますか?」
黙って首を振った。
井上さんは境内にもたれて寺の入り口の方を見ていた。
こっちを一度も見ない。
「私がいない方がいいですよね」
「え?」
「肌を見られたのは耐え難いと思いまして……でも……」
井上さんは空を見上げたまま
「馬越さんは本当に男だと思っていたのですね。まだ夢でも見てるのかとか言っていたから……私はてっきり……いえ……」
口をつぐんで下を向いた。
「私は先に戻ります。落ち着いたら戻って下さい。二人には直に戻ると伝えておきますから」
「……井上さん……私はどうしたらいいの……」
井上さんの後ろ姿を見ていたら、不意に口からこんな言葉がため息みたいに出た。
井上さんの足が止まった。
「これからもこんなことある?私も皆と一緒に頑張りたいけれど、浪士組に偉くなって欲しいけれど、やっぱり女だと無理だよね。いるだけで迷惑だって分かってたんだけど、局長に甘えて今日まで…………」
ぎゅっと着物の胸をつかんだ。
「胸なんてなければいいのに……男だったら良かった。そうしたら、井上さんや馬越さんとも友達になれて、ずっと浪士組で一緒に頑張れたのに……」
涙が溢れて視界が歪んだ。
裸足の足元に井上さんがしゃがんで草履を置いた。
「草履忘れて行くところでした」
涙が落ちて地面を濡らした。
「私は福田さんの事を友達だと思っていますよ。女でも」
「………井上さ………」
あんまりその言葉が嬉しすぎて、井上さんの背中に顔を埋めて、子供みたいに泣いた。
泣きすぎて変なしゃっくりが出て、頭が痛くなって、ようやく顔を上げた。
着物が涙と鼻水でべたべたになっていた。
「ごめんなさい!着物汚してしまって!」
「……いえ。では私は戻ります」
涙を拭いて背を向けて歩く井上さんの袖を引いた。
井上さんは振り向いて首をかしげた。
……もういい。追い出されても斬られても。
女でも友達だと思ってくれた人がいたから
「井上さん。今までありがとうございました」
井上さんが友達だと思っていてくれて、本当に嬉しかった。
「いつも……局長命令だったけど、側にいてくれてありがとう。うざい時もあったけれど、本当は心強かったよ」
「福田さん?」
「最後に友情のハグしていいですか?いや、します!」
思いきり胸にぎゅっとハグした。
「……ちゃんと可愛いお嫁さん貰うんですよ!」
……あ、今胸がずきりとした…………
もう一度ぎゅっとハグして、離れて草履を履いた。
「先に戻りますね!」
何だか不安そうな井上さんの顔を見たら、また泣きそうになったけれど、笑顔を無理矢理作って、八木邸へ走って戻った。
もうどうにでもなれ!
八木邸の門前で、近藤局長と芹沢局長他に数人の隊士と侍が談笑していた。
頭を下げた侍がこっちを向いた。
公事宿で会った会津藩の芝様!!
回れ右して気付かれないように元来た道を戻る。
「おお!福田君どこへ行っておった?」
芹沢局長の大声。
「おや?お雪さんの兄上ですね」
芝様にも見つかってもう一度回れ右して頭を下げた。
「なに。知り合いか?」
近藤局長が顎で早く行けと言っている。
「失礼します……」
前川邸へ入ると、なぜか芝様も付いて来た。
「明日の上覧試合楽しみですね。あなたも来られますか?」
「いえ……」
「浪士組も隊士が増えましたね。あなたはどこの組におられる?」
足を止めて芝様を見た。
「お忙しいか。ゆるせ」
芝様を置いて救護室へ向かった。
ごめんね。芝様。
今ちょっとゆっくりお話しできる状態ではないの。
深呼吸して救護室に声を掛けた。
「沖田さんいますか?」
「沖田さんなら局長に呼ばれて隣にいます」
馬越さんの声がして、走って八木邸へ向かった。
途中で芝様を追い抜いた。
馬越さんには会いたくない!
八木邸の前で沖田さん発見した。
「沖田さん!」
「あ?お前どこ行ってた?井上君が探して……」
「もういいから!早く私を斬ってください!」
沖田さんに詰め寄ると、気付かなかったけれど、そばにいた近藤局長に後ろから口を塞がれた。
そのまま母屋のある厨の方へ引きずられて行った。
「……福田くん。どうした?何があった?」
近藤局長は肩に手を置いて顔を覗き込まれた。
「泣いていたのか?山崎君に何か言われたか?」
「馬越さんに女だと知られました。もういいんです。近藤局長今までありがとうございました」
頭を下げて、後から来た沖田さんを見た。
「……いきなり怒ったり泣いたり……斬れって言ったり……お前は本当に意味が分からん……」
沖田さんは頭をかいて
「……あんなことされて無理もないけど……」
「何があった?総司!」
沖田さんは向こうを向いて答えない。
「福田君……何があった……?」
嫌だよ。話すの……
「男だと思っていたので乳房を偽物だと思い、掴みました」
!?
声のした方を三人で振り返る。
馬越さんが地面に正座した。
「……馬越君なんと?」
「男だと思っていたので乳房を偽物だと……」
近藤局長が刀に手をかけた。
「待て待て待て。こんなところで殺生沙汰を起こす気か?」
芹沢局長が馬越さんの後ろへ歩いてきた。
「だから言っておろう?男の振りなどさせるからこうなる。馬越君も偉く迷惑な事だったな」
「そうだよな……馬越君は何も悪くないよな……」
沖田さんもぽつり呟く。
近藤局長は刀から手を下ろした。
そうだよね。
確かに馬越さんは何も悪くない。
男だと思っていたからあんなことしたんだろうし
騙していたのは私だ。
「……悪くはないが、福田君の件はわしが責を負う事になっておる。どうしたものか……」
「馬越さんは悪くありません。私がいなくなればいいことです」
沖田さんを見ると目をそらした。
「いなくなりたいのか?浪士組が嫌になったか?」
首を振った。
「浪士組には居たいです。でも、もういいんです。女だと何でも無理だって分かりましたから……」
うつむくと芹沢局長に顎を上げられた。
「初めて会ったときの減らず口はどこへ行った?男よりも役に立つのでは無かったか?」
「だって!どうしたって最後は女だからだめなんですよね!何しても頑張ってもだめなんでしょう!?」
芹沢局長に突き飛ばされて、馬越さんの横に倒れこんだ。
「……近藤局長。女だからだめだと誰ぞに言われたのか?」
近藤局長は黙って唸った。
「散々貶められねば、あの福田君がこうはならんだろう?……そうか。もういいか……」
芹沢局長は刀を抜いた。
「これはわしの責任だ。浪士組に今の福田君はいらぬ。救護班は連帯責任に処す。二人そこへなおれ」
近藤局長が慌てて芹沢局長の前に手をついた。
沖田さんが近藤局長の前に立つ。
「何をしてるのですか!近藤さん!!」
……そうだよ。斬るなら私だけにしてよ……
何で馬越さんまで斬られるの?!
「芹沢局長!斬るなら私だけにして下さい!近藤局長も退いて下さい!沖田さん早く退かして!」
馬越さんは正座したまま、じっと芹沢局長を見つめていた。
「馬越さんも早く!」
「……残念ですけど、逃げられそうにないですけど……」
のんきな返事が返ってきた。
芹沢局長が刀を構えた。
「…………何人斬ればいい?退かねなら容赦はせぬ」
沖田さんが刀に手をかけた。
このままじゃ、斬り合いになってしまう。
「近藤局長!退いて下さいっ!沖田さんも止めて!芹沢局長!止めてください!!」
芹沢局長が一歩踏み込んだ。
…………私は………………
気付いたら銀ちゃんを抜いて、沖田さんの前に飛び出していた。
銀ちゃんが真っ二つに折れて、地面に刺さった。
右肩が熱い。
「…………このまま終わりでよいか?もういいのか?」
目の前で芹沢局長が囁いた。
…………終わり?
斬られて死ぬって事?
もういいよね?
頑張ったよね私。
思い残すことはないよね…………
ふと竹刀の音がして、遠くで「先生!」と呼ぶ声がした。
また誰か倒れたのかな?
「福田さん」
井上さんのふんわり優しい声がする。
「まだ奢って貰ってません」
馬越さんの無愛想な声。
「ばか」
沖田さん……ばかって言った人がばかなんです!
「薬代はいくらなのですか?」
……そろばん返してなかった…………
「これ飲ませとけ」
土方副長……
「ねえちゃん紹介してもらってねえ!」
…………だからねえちゃんはいません……
「先生!大変です!!」
「福田さん!」
……
「もういいのか?」
芹沢局長が問う。
はいと頷きたいのに、気になることばかり浮かんでくる。
「芹沢局長……借金返さないと…………」
「何年かかるかわからぬぞ。福田君のお陰で隊士も増えたがまだまだ足らぬ。いつまで拗ねておる。生意気な女も嫌いだが、うじうじと湿っぽいのは論外だ!」
「…………はい」
芹沢局長が豪快に笑った。
右肩が悲鳴をあげて意識が飛んだ。
さようなら
私は斬られて死んだ




