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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
12/54

同期組三

ふとんにくるまったまま、濡れた髪を拭いて、浴衣の帯を締め直していると


「福田さん?井上です」


障子越しに井上さんの声!


「はい!ちょっと待って下さい!!」


袴どこ行った!?


「失礼します………?何してるんですか………?」


布団にもぐって、もそもそ袴を着ていたら困惑の声が聞こえた。


「お風呂入ったんですけど、温まる前に出なきゃいけなくなって………寒くて………何か用事ですか?」


何とか袴を着て、布団から顔を出す。


「はい。具合の悪そうな方がいて、来て頂きたいのですが………」


井上さんは暫く黙ってこっちを見ていた。


「何ですか?」


「………いえ、気に障ったら申し訳ありません。髪下ろしていると、本当に娘さんみたいですね」


布団を頭からかぶって、慌てて髪を結ぶ。


それを見て、井上さんも急に慌てて


「でも!大丈夫ですよ!!私も十三までは、女子のようだと、姉にからかわれていましたが、今では娘になど見えないでしょう?だから福田さんも、そのうち………………すみません………」


髪を結んで布団から顔を出すと、視線を畳みに落として正座していた。


「あの………気にしてませんから。具合の悪い方はどこですか?行きましょう?」



「もう一つ、言ってもいいですか?福田さん着物の袷が逆です………」


そう言って部屋を先に出て行った。


逆?!慌てて着たから左前になってた!!


左前って、どういう意味だったかな?


ん?あれは、左うちわか~?



急に障子が開いて



「あ、福田君。俺、今夜は遅くなるから先に寝てろ」


沖田総司が、部屋に掛けてあった紺色の羽織に腕を通す。


「ひっ!!着替えてるのに勝手に入って来ないで下さい!!」


布団にもぐりこむと


「………ここは俺の部屋だ。勝手に入って何が悪い?じゃあな」


「え?沖田さんどこ行くんですか?」


急に心細くなって、布団から顔だけ出すと


「お前には関係のないことだ」


振り向きもしないで出て行った。


なんかちょっとムカついて、そばに落ちていた濡れた手拭を障子が開きっ放しの縁側に投げたら、


「ここが救護班か………!!」


訪ねてきた隊士の顔に命中した。


「大丈夫ですか!?井上さん!!」


井上さんが、倒れた隊士に井上さんって駆け寄る。


「痛たたた………」


真っ暗な縁側で、顔に張り付いた手拭をとったのは、井上は井上でも幹部の


「井上源三郎さん!!」


袴に着物の裾を突っ込んで、畳に土下座した。


「すみません!」


「こら!福田君か!!こんなものを投げつけるのは!!!」


私………切腹かな……………


「ところで、沖田さんはどこいった?」


恐る恐る顔を上げると、井上源三郎さんは救護室の中をうろうろ歩き回っていた。


「今夜は遅くなるって出て行きました。行先は教えてくれませんでした」


「そうか………誘いに来たのだがいないのか」


残念そうに呟いて


「君たち暇かい?」


縁側の外にいた井上さんと目が合った。


「………えっと、病人がいまして、今から行かないといけなくて………ねえ、井上さん」


「阿比留さんかな?」


井上源三郎さんは、外の井上さんに声を掛けた。


「………はい」


そこへ、馬越さんが息を切らせて走ってきた。


「福田さん!病人です!血を吐きまして!!」



井上源三郎さんに頭を下げて、救急箱を掴んだ。






演劇部春の公演「新選組」


沖田総司は血を吐きながら人を斬った



さっきまで、ムカついて手ぬぐいなげちゃったのに


先を走る馬越さんの後を追いかけながら

涙が浮かんできた。



隊士達が雑魚寝している部屋の前の土間に、人が膝をついてしゃがんでいた。


まわりに数人隊士がいる。


「大丈夫ですか?!沖………」


田総司じゃなかった



「阿比留さんこちらへ………」


馬越さんが肩を貸そうとすると


「………かまうな。もう大丈夫だ」


と一人で立ち上がった。


「………大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない………」


阿比留さんの白い浴衣の袖は、赤い染みが転々とついていた。



沖田総司は血を吐きながら人を斬って、最後は………


「死んじゃうんだよ?」


阿比留さんはぎょっとした顔をして


「何………泣いてんだ………おぬし………」


泣いているのに、言われるまで気が付かなかった。


「病院に行きます!馬越さん一番近いお医者さんはどこですか?」


「………それでしたら、おそらく四条大宮の………」


「じゃあ!そこに!!」


不意に井上さんが、あの………と話しに割り込んできた。


「阿比留さんそこまで歩くの大変でしょうから、医者に来てもらった方がいいのでは?」


「そうですね!じゃあ、馬越さん呼んできてください」


「え?」


「だって、場所わかんないもん」



それを見ていた阿比留さんが、咳き込みながら言った。


「医者などいらぬと言っておろう!」



その言葉に自分の中で何かが切れた。



「………井上さん!それから、えーっと、そこのあなた!この人お医者さんに診せますから、救護室に寝かせといてください!」


「はい。失礼、阿比留さん」


井上さんとそばにいた隊士に無理矢理担がれて、阿比留さんを救護室に移動した。


救護室に運んでからも、阿比留さんは頑固に布団の上に座ったまま寝ようとはしない。


「………お茶でも飲みますか?」


「そんなもん飲んだら咳き込むだけだ!ヤブ医者」


「はいはい。私は医者ではないので、ちゃんとしたお医者様に看てもらいましょうね」


ムカつく!本当に!!


歳は沖田さんくらいだと思う。


痩せていて、日に焼けた肌は病人には見えないけれど、たまに痰のからんだ咳をする。


「女みたいな近藤局長の親族っておぬしのことだろう?」


すっと障子が開いて、馬越さんが肩で息をしていた。


「残念ながら男なんですけどね………福田さんは………」


「おかえりなさい!先生はどちらですか?」


それには答えず


「阿比留さんてそっちの方ですか?」


「ああ?!女の方がいいに来まっとるだろうが!」


?なんの話?


立ち上がろうとする阿比留さんに


「医者はきませんよ。大部屋じゃ居辛いんじゃないですか?」


馬越さんの言葉に舌打ちして、布団に横になった。


「え!先生連れてこなかったの?!大丈夫かな………」


「留守でした。これだけ元気なら、明日でも大丈夫でしょう。死にはしません。それより沖田さんは?」


火鉢の土瓶をとって、お茶を入れ始めた。



横になって目を閉じた阿比留さんは、黙りこくったまま。



血を吐いた人に何をしてあげたらいいのか分からない。


救護班とは名ばかりで、本当に私は何も知らない。


ヤブ医者どころか、一般人以下だ。




阿比留さんが眠ってしまったのをそっと確認した。


寝顔はしかめっ面して、少し苦しそうだ。



「馬越さん、先に休んでください」


馬越さんは、部屋を出て行ったけれど、すぐ布団を抱えて戻ってきた。


そのまま阿比留さんの足元に布団を敷いた。


「後で起こしてください。変わりますから」


「馬越さんいい人ですね………」


「そうでもないです。実は医者呼びに行ってませんから」


衝撃告白に理由を問いただそうとすると


「金掛かるし、阿比留さん医者嫌いみたいだし………」


「でも!」


「………労咳だって認めなければならない心の準備もいるでしょう?」


心の準備?


労咳………今でいうところの肺結核。


この時代には薬もなくて死んでしまう病気だったって、演劇部の台本読みの時に話していた。


私、阿比留さんが暴れて医者に行くの嫌がるの、ただの我儘だと思ってムカついてたんだ。


阿比留さん気持ちは何も考えていなかった。


「お梅さんに、親身になってみてくれる医者聞いてきましたから、明日行ってみましょう」


馬越さんはにっこり笑って床に入った。


そして、ぽつりと言った。


「阿比留さん労咳だったら、隔離しないといけないですね………」


「隔離?」


「はい。他の隊士にうつるでしょう?」


労咳はうつる………


そうだ。肺結核はうつるんだ。



その日、朝の鐘の音を聞くまで、心配で起きていたけれど、阿比留さんは大人しく眠っていた。


沖田さんは帰って来なかった。










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