同期組
隊士達が巡察から戻ってきたのはお昼も近くなった頃。
患者もなく暇だったので、馬越さんにちょっと頼んで気晴らしに隣の八木邸に行く。
門を入ると井上新左衞門さん発見!
「井上さん!お疲れ様です」
「福田さん、救護班はお忙しいですか?」
ふんわり笑うこの人の笑顔は、本当に癒される。
「全然。そういえば井上さんって誰の隊にいるんですか?」
「近藤局長付きなんですが、今日は、沖田さんの隊で巡察行ってきました」
「私も沖田さんのとこなんです!じゃあ、一緒ですね!」
「一緒じゃないだろ?福田君は隊士じゃないから。井上君、今日はもう非番にするから、ゆっくりして」
玄関から沖田総司が草履を引っ掛けて出てきた。
門を出て行く後を追いかけて
「どこいくんですか?」
「………薬もらいにいってくる。福田君は咳の薬持ってないだろ」
………薬
「ふーん。あの美人の医者の娘さんにもらいにいくんだ」
こないだ菜の花畑で見たきれいな人。
沖田さんの目がくるりと左に回る。
「馬鹿なこと言ってないで、役目に戻れ」
「何かお土産持って行ってあげたら?お花とかは?あの菜の花きれいですよ。あの時買った団子も、食べてないけど美味しかったそうですよ。私も、お腹すいたなぁ……」
沖田さんはこっちをちらりと見て
「非番やるから、団子でも食ってくれば?」
「え?でも、救護班があるし……馬越さん一人じゃ……」
「病人もそんなに出ないだろ?馬越君にも非番やるから」
「ホントに?!わーい!一緒に団子食べに行ってきます!」
駆けだそうとすると、腕を掴まれた。
「………待て、福田君。くれぐれも女だってバレるなよ?近藤さんがうるさいから………」
「ああ、それなら大丈夫です!」
沖田さんの手を取って自分の胸に置く。
「さらしでカチカチですから、ね?巻いてみました!」
沖田総司は眉間にしわを寄せて
「………お前、俺のこと男だと思ってないだろ」
「………わー!!」
慌てて手を振り払った。
「………こっちが、わー!!だ。馬鹿」
確かにお兄ちゃんにだって、男だと思ってない充にだって、こんなことはさせないと思う。
何だろう?
女友達に近い感覚?なのかなぁ………
うーん……
沖田さんの後ろ姿に手を振って馬越さんを誘いにいった。
非番になった馬越さんを誘うと、親戚の小料理屋があるというので、そこへ連れて行ってもらうことになった。
刀屋の方角に少し行くと菜の花畑が広がっている。
「きれいですよね……」
立ち止まって目を閉じて深呼吸する。
目を開けると、怪訝な顔で馬越さんがこっちを見ていた。
「………本当に残念」
「?何が残念?」
それには答えず、
どんどん先に歩いて行ってしまう。
沖田さんもだけど歩くの早すぎるよ。
草履の鼻緒の辺りが痛くなってきた頃、小料理屋に到着した。
のれんをくぐると三十代くらいの綺麗な女将さんが、奥から出てきた。
「あら?三郎さん?!大きゅうならはって!!」
と駆け寄ってきた。
「ご無沙汰です。お梅さん」
奥に通されて二人は昔話に花を咲かせていた。
お客が来てお梅さんが離れると
「申し訳ない。叔母なんです。五年振りに会ったもので………」
「そう言われれば、なんとなく似てますね」
黒い大きな目やまつげが長い所とか……
「馬越さんって、京都の人ですか?でも、言葉が……」
お梅さんは京訛りだけど
「生れは徳島です。五年ほど、江戸の問屋へ奉公に出されましたから。そこの主人が、コロリで亡くなって、戻ってきた所でした。それで、浪士組の募集に参加したんです」
向かいに座った馬越さんがお味噌汁のお椀を啜る。
「えっと………徳島生まれだけど、今は京都に引っ越したんですか?」
「………そう思ってたんですけど、なくなってました。元々放浪癖がある父親でしたから、今はどこにいるのやら」
「え?お父さん何してる人ですか?」
「商いの仲介やら、一時期芭蕉を目指すとかで、全国行脚してたこともあったし、最後に江戸で会ったときは、異国に行くとか行ってたけど、俺も何やってるのかよく分かりません」
にこり笑う馬越さんは本当にかわいい。
「馬越さんが、女の子だったら、超美人さんでしたよね」
馬越さんは急にいつもの無愛想な表情に戻って
「よく言われます。でも、俺、男には興味ありませんから」
「……わかってますよ」
こんなに警戒するなんて、今までどんだけ男の人に言い寄られたんだろうか。
私なんて幼稚園の時、充に大好きって手紙もらったくらいだし………
あの頃の充はかわいかったなー
今ではその微塵のカケラもない。
運ばれてきた里芋の煮物がおいしい。
ここへ来てから一番おいしいご飯だよ。
「本当においしそうに食べますね」
馬越さんが自分の里芋を私の皿に入れる。
「ありがとうございます。だって本当においしいから」
おいしいってとても幸せだ。
お腹も一杯
お梅さんがお茶を持ってきてくれた。
「そんで、三郎はんは今どこにおるん?」
「壬生の浪士組に……」
「あきまへん!!!」
急に大声で怒られて、持っていたお茶をこぼしそうになった。
「あんな浪人やごろつきの集まりに入るなんて、もっと、真っ当なお仕事しなはれ!」
「真っ当ですよ。一応会津藩預かりですし、市中取締と言う役目も仰せつかっていますから」
お梅さんは馬越さんの隣に座り込んで
「そんな危ないお仕事せえへんでも、お父様のお手伝いしたらええ。あんたもや!ええと……」
「……福田睦月です」
「福田はん!まだこんな子供で……ご両親は知ってはるの?」
「………両親はいません」
夢の中では
「まぁ……お気の毒に、他に身よりは?」
「………いません」
「そうかぁ……よし!おばちゃんが三郎はんのお父様に、頼んだるさかい!浪士組は辞めや」
「ええ!?」
「ええな?三郎はん!って、どこ行きよった?!」
いつの間にか馬越さんがいない。
「逃げ足が早いのは、昔から変わらへんな」
「……ごちそうさまでした」
お金を払おうとすると
「ええよ。三郎はんに付けときますから。今度払いに来い言うててな。」
お店を出ようとすると
「おばちゃんはあきらめへんで!またおいで!」
笑顔でお梅さんが見送ってくれた。
馬越さんを探して町を散策。
ここは刀を買いに沖田さんと来た所だ。
あそこが刀屋さんでその先に団子屋さんがあるんだよね。
きょろきょろしていたら同じ歳位の女の子二人とぶつかりそうになった。
明るい黄色の着物……
お花の帯止めがかわいいなぁ。
私も着物が欲しい。
お風呂も入ってないから臭いかも……
「福田さんも、女子に見とれたりするんですね」
「?!」
振り返ると井上さんがいる。
……またこの人は気配がしないからビックリするよ。
「俺は右の娘がいいな」
馬越さんもいる。
「あー!馬越さん!お梅さんが『おばちゃんあきらめへんで!!』って、言ってました」
「はいはい。せっかく非番ですから、どこかご案内しましょうか?」
人の話聞いてます?
「いいですね~!いきましょう」
井上さんも乗り気だ。
楽しそうだけど
「私、買い物したいので、また誘ってください」
今日は絶対お風呂に入って着替えたい。
「じゃあ、店を覗きながら八坂神社辺りまで、行ってみますか?」
馬越さんの提案に
「本当に?!着物屋さんに行きたいです。お店とか全然分からないから、一緒に行ってもらえたら、すごくうれしいです!ちょっと不安だったんですよね………お金の払い方も分からないし…………」
馬越さんは怪訝な顔をしてこっちを見て
「………はい。では、いきますか」
お金の払い方も知らないあほだって思われたかな………
そんな事より!
今日は絶対お風呂に入るぞ!
最初に間違って入った高級呉服屋さんでは一両では生地しか買えなかった。
他にも足袋、袴に帯欲しいものはたくさんあったので古着屋さんに行ってみる。
着物、袴を二着ずつに
帯、草履、足袋
ふと、青い着物が目に留まる。
お!この白地に青の小花柄の浴衣かわいい……
隣に並べられた赤いかんざしも素敵!
手に取って眺めていると
「誰かに贈り物ですか?」
井上さんが不思議そうにのぞき込んでいた。
「えーっと、ああ!妹に似合うかなぁって思って!」
「妹がおられるのですか。私にも姉が三人おります」
「そうなんですか!」
ヤバいヤバい……気をつけないと。
男物の着物は………と
そう言えば下着ってないよね?
皆さんフンドシ?
下着は針と糸を買って自分で作ろうっと。
あとは歯ブラシとくしと髪を結ぶゴム……
シャンプーとかボディソープなんてないよね?
ああ
夢ならぽんってほしいものが出てこないかな………
「鴨川です」
馬越さんが四条大橋を渡りながら教えてくれた。
鴨川って修学旅行で行ったら、カップルがたくさん座ってたあの鴨川?
橋の上から井上さんと川を眺めていたら、不意に前からきた奉行所の役人二人に呼び止められた。
「おぬしら、どこのものだ?」
え?いきなり職務質問?
「壬生浪士組の者です」
井上さんが答えると
「浪士組?江戸から来た?」
「はい。非番で京都の名所巡りをしようと思いまして」
後ろにいたもう一人の役人が手配書を広げる。
「この者を見かけたら、すぐ京都奉行所まで知らせにこい。よいな!」
ん?
似顔絵と………達筆すぎて字は読めない。
「田中新兵衛」
馬越さんがつぶやいた
それから八坂神社でお詣りして、茶店で休憩。
そうだ!沖田さんに御守り買って帰ろうっと。
恋愛成就祈願と。
お医者さんの娘さんに、ちゃんとお土産持って行ったかな?
巫女さんから御守りを受け取って、二人が待ってる茶店へ戻ると
女の子に囲まれてる……
一人二人三人……五人?
こっちに気付いた井上さんが、逃げるように駆けてきた。
「道を訪ねられまして………」
「お二人モテモテじゃないですか」
「もてもて?苦手なんです。あの年頃の娘さんは」
本当に困った顔をしている。
改めて二人をみると目立つ容姿をしてるんだよね。
井上さんは背が高くて、ハーフみたいな顔立ちで柔らかい雰囲気。
馬越さんは真っ黒な瞳とかわいい顔してるけど、背も高いし意外と声も低い。
馬越さんは笑顔で丁寧に道を教えて、女の子を見送ると、いつもの無表情でこっちをみた。
「……どうして井上さん逃げるのですか?」
茶店に腰掛けてお茶を頂く。
あ~おいしい
「……昔、姉とその友人によくからかわれていて、娘さんに囲まれると、その時の事を思い出します」
「羨ましいなぁ。俺なんて、男ばっかりだったから」
「………馬越さん、身包みはがされて、着せ替え人形にされたことないでしょう?女の格好でお百度参りしてこいとか…」
………ぷっ
「それはひどいなぁ…」
馬越さん下向いても笑ってるのバレてるから
「でも、井上さんなら、かわいいかも!」
私の発言で馬越さん大爆笑!
「……福田さんも一度そんな目に会えば、どれだけ恐怖かわかりますよ………」
井上さんがじーっとこちらを見つめる。
「………福田さんなら、いじりがいがありそうです。姉たちに会わせましょうか?」
「いえ、結構です」
笑いながら、馬越さんがつぶやいた。
「いいな………娘さんになら、俺いじられたい」




