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バベル 第一部 契約の箱編  作者: 依田一馬
1.傲慢の紅き鎧
17/80

間章

「……なんだって? 『解析トレース』できるプロフェットがいる?」

 少年が、実に意外そうな声色で尋ねた。

 肯定のために首を縦に動かした赤髪の男――“傲慢(Superbia)”は、顔をしかめながら腕を組んだ。腕はここに帰ってきてから、それらしい形のものを適当に、そして文字通り『くっつけた』ものだ。やはり両方の腕があってこそ物事のバランスが取れるというもので、先程は正直――歩が悪かったから逃げた。片腕がないだけであんなにもアンバランスになるとは思ってもみなかったのだ。まぁ、今更なにを言っても言い訳にしかならないが。

「さっき『契約先』に行ったら、そんな奴がいてさ。どうやらカークランドの飼い犬らしいが、あんなの見たことねぇや。それに例の『聖戦』で強制不参加にさせられたプロフェットっていただろ。あれに初めて会った」

「カークランドって、あの一人ぼっちの?」

 少年が問いかけると、“傲慢(Superbia)”は無言で頷く。

 それを横目で確認すると、少年はふうん、とさも興味がなさそうに飴玉を口に放り込んだ。

「そう、あの忌々しいカークランドはまだエクレシアにいるんだね。いずれ再び対峙することになるとは思っていたけれど――。どう? 『あの頃』から、なにか進歩があった?」

 少年が尋ねると、男は曖昧に笑った。

 実のところ、男は真実を告げるかどうかまだ迷っていたのである。あの『十字軍最大戦力』と謳われた――事実、あれより残酷な釈義を彼らは見たことがない――ホセ・カークランドが、その機構の破損により釈義を展開できなくなる『喪失者ルーウィン』に成り下がったこと。そしてその代わりに現れた、灰色の髪をした謎の少年プロフェット。カークランドが言う「自分を上回る最高のプロフェット」とはおそらくあれのことだとは思うが、彼の情報は皆無。突如として現れたダークホースの実力は、途中で蹴り飛ばしてしまったがために測定不能だった。まぁ、あの飼い犬(奇しくも、“傲慢”の中では犬と断定されてしまった)はおそらくたいしたことはないだろうが、注意するに越したことはないか。

 それよりも即戦力として注意するならば、かの少年よりも、あの金髪のプロフェット――確か、名をケファ・ストルメントといっただろうか――だろう。さすが“聖ペテロの申し子”と謳われるだけある。釈義ひとつひとつに込められる聖気の度合いがいちいち強すぎるのだ。『聖戦』では先述の通り強制不参加とされたらしいが、彼が召集されていなくて本当によかったと心底思う。単純に威力だけ見ればかつてのカークランドと同等、否、上回る可能性もある。自分の“鎧”である程度防いだにしろ、長期戦になった場合どうなるかはよく分からない。

 エクレシア側の大司教・『教皇』亡き今、“七つの大罪(DeadlySins)”を完全に浄化する唯一の方法『秘蹟サクラメント』を用いる者はいない。それが我々にとって幸か不幸か、判断する手札がないのも事実。

 “傲慢(Superbia)”は呑気に飴をねぶる少年を見た。

「おい“嫉妬(Invidia)”。余裕だな」

「だって君が倒してくれるのでしょう? 僕の出る幕はないじゃないか」

「そりゃあ、そうだが……」

 それにしても、と少年――“嫉妬(Invidia)”は視線を虚空に泳がせた。外はすっかり暗くなり、ミルク色の月光がぽっかりと浮かんでいる。先程までの気持ちがいいほどの豪雨は嘘のように晴れてしまった。“嫉妬(Invidia)”は雨が好きだった。だから少し、ほんの少しだけ残念そうに眉を下げ、短くため息をついた。

「それにしても『解析トレース』が出来るなんて。その能力は、僕たち、“七つの大罪(DeadlySins)”だけが使える能力だろう? ただのプロフェットができるものではない」

「だから気味が悪いんだよ。あのわんこ……」

 “傲慢(Superbia)”は歯を食いしばり、納得がいかない様子で短い髪をぐしゃぐしゃに乱した。

 その脳裏に浮かぶは、赤の瞳が滲んだ朱に変わる刹那。あの瞳の色はよく知っている。

“第一階層”がその能力を行使する際、その外見に特に変化はみられない。しかしただひとりだけ、能力を行使している間、瞳の色が変わる者がいた。ずっと昔、それこそ『聖戦』よりも前、“傲慢(Superbia)”が前の身体に魂を宿していた頃。彼女は“七つの大罪(DeadlySins)”を率いる『白髪の聖女』として彼らと共に在った。

 その強さを孕んだひたむきな赤の瞳は、とてもよく覚えている。

「なぁ、もしもの話だけど」

 “嫉妬(Invidia)”が“傲慢(Superbia)”の姿を仰いだ。彼の言葉の続きを聞きたがっているのだ。しばらく彼はそのまま黙っていたが、ようやくひとつの考えに帰結した。その声色は地を這うような重低音。

 そう考えれば納得がいくのだ。真実かどうかを確かめる術はないけれど。


「――もしも、あいつが、『真夜』の血を引いているのだとしたら……」

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