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上映会

作者: 山谷麻也
掲載日:2026/08/07

挿絵(By みてみん)


 その1 下宿生活


 工事は遅々として進まなかった。

 古い木造平屋を食堂にしていた。その上に、鉄筋コンクリート二階建ての建物を建てて改造、一階は食堂と家族の居間、二階を下宿にするという話だった。

 下見した時「一学期末には完成するから、それまで奥の居間で我慢しとって」

 と言われていた。


 三年に進級すると、クラスは受験一色になった。呑気な大杉も汽車通学の時間がもったいなくなり、下宿を探し始めた。高校の正門前にある食堂が下宿屋を始めると聞き、訪ねてみた。決断を渋っていると

「そんなら、二階ができるまで半額でええわ」

 ということになった。同郷のよしみか、主人は気前がよかった。


 風呂はなかった。街道脇の銭湯に通った。

 居間の前に洗面所、その奥にトイレがあった。洗面所では奥さんが米も()いでいた。


 居間は片付けられ、大杉は机を運び込んだ。静かに勉強できる環境ではなかった。テレビがあり、下宿屋の子供たちは相も変わらず部屋に出入りしていた。

 ある日、下宿屋のおやじさんが部屋に入ってきた。

「ちょっと、ここを使いたいから…」

 と、歯切れが悪かった。手に小型の映写機を提げていた。

 近くの運送会社のドライバーたちがぞろぞろと後に続いていた。そのうちの一人が大杉に言った。

「お前も見るか?」

 これから何が行われようとしているのか、察しがついた。大杉は黙って、外に出た。


 周囲にはまだ田んぼがあった。

 田植えは終わっていた。カエルの鳴き声が大杉を包み込んだ。遠くから、阿波踊りの鳴り物が聴こえてくる。練習熱心さには驚かされた。

 田んぼの畦道をぶらぶら歩いて時間をつぶした。暗闇の中、振り返りながら女が歩いてきた。

「(警察に)引っ張られるのは、ウチの父ちゃんなんやから」

 ブツブツ言っているのは、下宿屋の奥さんだった。

 外に明かりが漏れてはいないかと、見回りにきた様子だった。


 奥さんと一緒に下宿に戻った。

 8ミリフィルムの上映会はまだ続いていた。野卑な笑い声や歓声が夜の食堂にまで響いていた。


 その2 年齢詐称


 新しい8ミリが入るたびに、上映会が開かれた。

 気配を感じると、大杉は言われる前に部屋を出た。

 その夜、大杉はバスで繁華街に行った。

 喫茶店で時間をつぶすつもりだった。コーヒーを飲み干し、煙草を吹かしていると、中年男が店に入ってきた。

 がっちりした体格だった。指先にはさんだタバコの灰が、今にも落ちそうになり、灰皿を探している。大杉は反射的に、使っている灰皿を差し出した。


「あっ、済まんなあ」

 言いつつ、男は大杉と並びのテーブルに腰を降ろした。

「何しとるん」

 大杉に素性を訊いてきた。

「そこの大学の学生です」

 大杉はとっさに答えた。

「年はなんぼ(いくつ)?」

「二十歳です」

 煙草を吸っていた手前、高校生とは言えなかった。煙草は下宿して覚えたものだ。


 喫茶店は高校生のたまり場になっていた。

 新参者ながら大杉は老けて見えた。一斉補導があった時、大杉は落ち着き払って、喫茶店の隅で煙草を吹かしていた。補導員はまさか高校生とは思わず、大杉はひとり難を逃れたのだった。


「そうか。二十歳のお祝いをしようか。これから飲みに行こう」

 男は大杉のレシートも手に、立ち上がった。


 その3 歓楽街


 雑踏を抜けて、狭い路地に入った。

 左右に飲み屋が並び、奥にはストリップ小屋と成人映画専用館がある。ふだんなら、とても足を踏み入れることなどできない一帯だった。


 大杉たちとすれ違った若い男がいた。数舜後、男は振り返ったみたいだった。

「やっぱり、大杉君か」

 背後で声がした。大杉はどぎまぎした。

 部活の先輩の友人、二級上だった。ガソリンスタンドの店員をするかたわら、思い立って受験勉強していた。

 前に会った時

「大学出てないとなあ」

 と、しみじみ語っていた。身につまされる体験でもしたのだろう。


「何かあったん?」

 同行の男に気遣(きづか)いながら、小声て訊いてきた。場所柄、尋常な事態ではない。

「知り合いなんです」

 大杉はなんでもない風を装った。

 安心して行きかけ、また、足を止めた。

「来月、関東の大学、受けるよ。世話になったなあ。ありがとう」

 受験勉強のアドバイスに対する礼を述べたものだった。


 その4 チークダンス


 入った先は薄暗いバーだった。ウイークディでもあり、ほかに客はいなかった。

「そこの(大学の)学生。二十歳やって。ウチの息子と同じ年齢や」

 男は女性たちに大杉を紹介した。

「あの子、生きとったら、もう二十歳になっとったんやなあ」

 ママらしき女性だった。


 酒が入り、座は賑やかになった。

 大杉が気が付くと、男が大杉を見つめていた。

「なんで、あいつは死んでしもうたんかなあ」

 男は酒を続けざまにあおった。

 男がトイレに行った。大杉はママにそっと訊ねた。

「病気?」

 ママは顔を横に振った。


「静かやなあ。音楽かけて、ダンスでもしよ」

 トイレから戻り、男はママをダンスに誘った。

「あんたも踊る?」

 若い女性が大杉の手を取った。


 初めてのダンスだった。大杉は女性の腰と肩に手をかけ、動きは女性のリードに任せていた。

「まあ、この子、震えとる!」

 女性が言うと、店に笑いが起きた。大杉にそんな自覚はなかったものの、あえて抗弁する気にならず、女性から離れた。


 その5 臨界点


 風が出ていた。繁華街の人出はまばらになっていた。

 汽車に乗るという男を、駅まで送ることになった。

「二十歳か」

 男はしきりに繰り返した。

「息子さん、お気の毒でしたね」

 大杉はそれだけ、やっと言えた。


「二年間『息子はなんで自殺したのだろう』と考えてばかりおった。でも、もうそれは考えないことにする。今夜、大杉君と飲んで、やっと決心がついた」

 男は一言ひとこと確かめるように語った。


 息子は東京の有名私大に合格した。上京の日の朝、息子は睡眠薬自殺していた。遺書は残されていなかった。

 親には悩んでいるようなそぶりは見せなかった。ただ、親友のひとりは

「オレ、このまま大学に行ってもええのかなあ」

 と、息子がつぶやくのを聞いていた。


 将来に漠然とした不安を抱えていたのかもしれなかった。不安が臨界点に達し、息子はクスリを飲んだ。


 息子は小さい頃から頭脳明晰だった。高校は県下ナンバー1の進学校に進んだ。高校でも常にトップクラスだった。

 三者面談のおり、息子に志望大学・学部はなかった。

「今の大学なら、行っても仕方ないと思う」

 息子は顔を伏せて言った。

「人生の目的を見つけるのも大学だよ。とりあえず、ツブシの利く法学部にしておけば」

 息子は教師の言に従った。


 当人は旧制中学卒、妻は高等女学校卒だった。戦前の窮乏期に育ち、大学は未知の世界だった。それだけに息子に寄せる期待には大きなものがあった。三者面談を経て、息子の不安は吹っ切れたものと思い込んでいた。


 子供は四人いた。妻は近くの主婦の店にパートに出て、家計を支えた。

 長女は高校を卒業後、県内の銀行に就職した。下には次女と二男が控えていた。大学進学は当たり前の時代になろうとしていた。


 その6 路上バトル


「世の中、ひたすら上昇志向だったんや。その風潮に息子は疑問を感じとったんかもなあ。これも、憶測に過ぎんけどな」

 男は力なく笑った。


「何がおかしいんや」

 かすかな笑いを聞きつけて、通行人が絡んできた。

「いや、済まんなあ。こっちの話なんや」

 男は頭を下げた。

「それで済むと思うとるのか。ワイらのことコケにしやがって」

 酒臭い息を吐きかけ、大杉たちの前に立ちはだかった。徐々にまわりに人だかりができていった。


 男は左手で大杉を後ろに寄せた。すかさず男の顔面にパンチが飛んだ。男は身をひねってかわすと同時に、相手の腕を取り、地面に投げ伏せた。手掌が上を向き、関節が固められていた。

「早う、帰れ。今度は腕をへし折られるぞ」

 期せずしてまわりから拍手が起きた。


 その7 垂れ込み


「もうこんな時間か。タクシーで帰るのか」

「いいえ。歩いて帰れます」

 大杉は改札口まで見送った。

「あのう、済みませんでした。ボク、まだ一八歳なんです」

 大杉に男が顔を近づけて言った。

「分かっとったよ。承知の上で、未成年者に酒を突き合わせたんやから、ワシは刑事失格や」

 発車ベルが鳴り始めた。

「お名前は?」

 答えることなく、男は小走りに列車に近づいた。


 手持ちは少なかった。思い切ってタクシーに乗った。

 途中、気分が悪くなり降りた。財布には小銭しか残っていなかった。何度も吐いた。少し気分が楽になってきたので、歩いた。

 下宿に着くと、一二時を回っていた。

 明日も授業がある。気温は低下している。軒下で夜を明かすわけにはいかない。大杉は食堂のブザーを押した。


「なんや、お兄ちゃんか。どこ行っとったんや」

 下宿屋のおやじさんは不機嫌な顔で戸を開けた。

「知り合いと話し込んでまして。済みませんでした」

「けんど、非常識にもほどがあるぞ。ははあ、知り合いって、女か」

 おやじさんは大杉の反応をうかがった。

「違います。県警の刑事さんです」

 おやじさんはあっけに取られた。

「お前、まさか、8ミリのことを…」

 大杉は心配無用とばかりに、掌をひらひらさせて否定し、自室に入った。



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