7
――次の日。
教室のドアの前で、私は少しだけ立ち止まる。
手を伸ばしかけて、止める。
(……大丈夫)
深呼吸をひとつ。
昨日のことを思い出す。
「初めて会った気がしない」
あの言葉。あの表情。
今までとは違った、ほんの少しのズレ。
(もしかしたら)
そんな期待が、まだ胸の奥に残っている。
消しきれないまま。
「……」
ゆっくりと、ドアを開ける。
朝の教室。変わらない風景。
その中にいる、ただ一人の人。
神代恒一。
私は歩き出す。
一歩ずつ、確かめるみたいに。
そして――
「おはよう」
声をかける。
彼が顔を上げる。
目が合う。
ほんの一瞬。
その中に、何かを探してしまう。
昨日の“続き”を。
ほんの少しでも、残っているものを。
けれど。
「……えっと」
神代は、眉をひそめた。
その表情は――知っている。
何度も見てきた、“最初の顔”。
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
「誰?」
――ああ。
やっぱり。
分かっていたはずなのに。
覚えているわけがないって、ちゃんと理解していたはずなのに。
それでも。
(……違うって、思ってた)
昨日は、少しだけ違ったから。
ほんの少しだけでも、残るかもしれないって。
そんな都合のいいこと、考えてしまったから。
「朝霧澪。同じクラス」
声が、ほんの少しだけ掠れる。
気づかれない程度に。
「へえ……悪い、覚えてなくて」
「……うん」
うまく笑えなかった。
いつもなら、もう少し自然に言えるのに。
「いいよ」って。
軽く、なんでもないことみたいに。
でも今日は、少しだけ難しい。
昨日の分だけ、重くなっている。
(……バカみたい)
心の中で、自分に言い聞かせる。
何を期待してたんだろう。
どうせ、こうなるって分かってたのに。
分かってたのに――
「席、どこ?」
変わらない会話。
変わらない距離。
「窓際の後ろから二番目」
それでも答える。
いつも通りに。
「近いな」
「……うん」
それで終わる。
昨日と同じ場所に戻る。
いや、違う。
昨日よりも、少しだけ遠い場所。
(……痛いな)
胸の奥が、じわりと滲む。
慣れているはずの痛みなのに。
今日は、少しだけ強い。
ほんの少しだけ持ってしまった希望が、
そのまま傷になって残る。
それでも私は、席に戻る。
何もなかったみたいに。
全部、最初から決まっていたみたいに。
――そしてまた、繰り返す。
分かっている結末に向かって。
それでも、やめられないまま。




