5
沈黙が、しばらく続いた。
何かを考える余裕なんてないはずなのに、頭の奥だけが妙に静かで。
ただ、さっき聞いた言葉だけが、何度も反響していた。
――戻らない。
――例外はない。
その余韻を断ち切るみたいに、雨宮先生がわずかに視線を落とす。
ほんの一瞬。
迷うような、躊躇うような間。
それから、小さく息を吐いた。
「……本当は、あまり話すべきじゃないんだけど」
前置きが入る。
今までになかった言い方だった。
少しだけ、違和感が走る。
「……君が初めてじゃない」
静かに、告げられる。
その一言が、理解に届くまでに、数秒かかった。
「……え?」
思わず、声が漏れる。
今、なんて言った?
初めてじゃない?
それって――
「前にも、同じ状態になった生徒がいたわ」
雨宮先生は、淡々と続ける。
感情を挟まないようにしているのが、逆に分かるくらいに。
「君と同じように、周囲から認識されなくなっていった」
「関係が薄い人から順に忘れられて――」
一拍。
わずかに言葉が詰まる。
ほんの少しだけ、声が落ちる。
「最後は、誰にも覚えられなくなった」
それだけだった。
結末は、短く。
余計な説明もなく。
でも、それで十分すぎるほど伝わる。
「……その人は」
喉が、うまく動かない。
それでも、なんとか言葉を絞り出す。
「どうなったんですか」
聞かなくても分かる。
分かっているのに、聞かずにはいられなかった。
雨宮先生は、少しだけ目を伏せる。
そして、はっきりと告げる。
「消えたわ」
簡潔すぎる答え。
それ以上でも、それ以下でもない。
「記録も残っていない」
「名前も、顔も、もう誰も覚えていない」
「……私以外はね」
最後の一言だけ、ほんの少しだけ重くなる。
でも、それでも。
それが“例外”じゃないことは、すぐに分かる。
覚えているのは、この人だけ。
それだけで、何も変わらなかった。
その人は――
世界から、消えた。
(……同じだ)
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
これは、特別なことじゃない。
偶然でも、例外でもない。
ただの“現象”。
ただの“ルール”。
(私も、同じになる)
逃げ場が、完全になくなる。
もし、これが私だけの問題なら、
どこかに抜け道があるかもしれないと、思えた。
でも違う。
前例がある。
そして、その結末は――変わらない。
「……」
言葉が出てこない。
絶望って、もっと派手なものだと思っていた。
叫んだり、泣いたり、取り乱したり。
でも、実際は違う。
ただ静かに、何かが崩れていく。
音もなく。
逃げる余地もなく。
確定していく。
(……終わりなんだ)
そう思った瞬間。
心のどこかで、何かがすっと諦めた。




