表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/54

3

 雨宮先生は、古びた机の前で足を止めた。


 積み上げられた資料の山に、軽く指先を触れながら、こちらを見る。


 逃げ場のない視線だった。


 「単刀直入に言うわ」


 静かな声。


 余計な前置きは、一切なかった。


 「君は今、“認識から消えている存在”よ」


 一瞬、意味が理解できなかった。


 言葉は聞こえたのに、頭の中に入ってこない。


 「……認識?」


 かろうじて、問い返す。


 雨宮先生は小さく頷いた。


 「人の記憶、意識。その両方から、あなたは徐々に削除されている」


 削除。


 その言い方が妙に現実味を帯びていて、胸の奥がひやりと冷える。


 「忘れられている、というよりは――“最初からいなかったことにされていく”に近いわね」


 淡々と、事実だけを並べる声音。


 優しさも、慰めもない。


 だからこそ、誤魔化しが効かない。


 私は、何も言えなかった。


 ただ、次の言葉を待つしかない。


 「順番があるの」


 雨宮先生は、ゆっくりと続ける。


 「関わりが薄い人間から、先に消える」


 その言葉に、教室の光景が頭をよぎる。


 名前を呼ばれなかった朝。


 プリントを渡されなかった昼。


 空席として扱われた、あの席。


 「クラスメイトの大半があなたを認識できなくなったのは、そのため」


 やっぱり、そうだったのか。


 納得と同時に、胸が締め付けられる。


 「……じゃあ」


 喉が、うまく動かない。


 それでも、どうしても聞かなきゃいけないことがあった。


 「最後は……?」


 雨宮先生は、ほんの一瞬だけ間を置いた。


 わずかな沈黙。


 けれど、それだけで十分だった。


 嫌な予感は、もう形になっている。


 「最後に消えるのは――」


 視線が、まっすぐこちらを射抜く。


 「最も強く関わった人物よ」


 心臓が、強く跳ねた。


 言葉にしなくても、誰のことか分かってしまう。


 ――神代。


 あの何度もやり直して、何度も近づいて、


 それでも最後には、いつも忘れていく相手。


 「だから彼は、最後まで“引っかかり”が残っていた」


 雨宮先生の声が、静かに重なる。


 「でも、それも時間の問題」


 頭の中に、あの瞬間が浮かぶ。


 「……誰だ?」


 あの、完全に空白だった目。


 引っかかりすら、なかった声。


 「……じゃあ、もう」


 言葉が、途中で途切れる。


 続きを言うのが、怖かった。


 けれど。


 雨宮先生は、はっきりと告げた。


 「ええ」


 迷いなく。


 「彼の中からも、あなたはほぼ消えている」


 その一言が、静かに落ちてきて――


 胸の奥で、何かが決定的に崩れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ