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連れて行かれたのは、校舎の奥だった。
普段はほとんど足を踏み入れない廊下。窓はあるのに光が届きにくくて、昼間のはずなのにどこか薄暗い。人の気配も、音も、驚くほど遠い。
足音だけがやけに響いた。
コツ、コツ、と。
自分の存在を確認するみたいに。
雨宮先生は迷いなく進み、ひとつの扉の前で立ち止まる。
――資料室。
古びたプレートが、かすかに軋む音と一緒に視界に入った。
先生はノックもせずに扉を開ける。
きい、と乾いた音。
中は、静かだった。
積み上げられた段ボールと古いファイル。閉め切られたカーテンのせいで、空気が少しだけ重い。時間が止まっているみたいな、息苦しさ。
誰もいない。
誰も来ない。
――まるで、この世界から切り離された場所。
「入りなさい」
背中越しにそう言われて、一歩踏み込む。
足を入れた瞬間、妙な感覚が走った。
さっきまで感じていた“外の世界”の気配が、すっと遠ざかる。
廊下のざわめきも、誰かの足音も、全部が薄くなる。
代わりに残るのは、静寂だけ。
自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえた。
……ここなら。
たぶん。
誰にも、気づかれない。
――いや、違う。
「ここなら、最初から“いない”のと同じか」
ぽつりと呟いた声は、思ったよりもよく響いた。
雨宮先生が、ゆっくりとこちらを振り返る。
その視線だけが、この空間の中で唯一、はっきりと私を捉えていた。
「そうね」
否定はしなかった。
淡々と、事実を肯定するだけ。
「ここは、干渉が少ない場所よ」
静かな声が、空気に沈む。
干渉。
その言葉の意味を考える前に、別の感覚が胸に広がる。
――隔離されている。
世界から。
人から。
記憶から。
まるで今の自分そのものを、そのまま形にしたみたいな場所。
逃げ場でもあり。
証明でもある。
「……ぴったりですね」
苦笑が漏れた。
ここに連れてこられた理由なんて、考えなくても分かる。
この空間は――
今の私と、同じだ。
誰にも触れられず、誰にも届かず、
ただ“そこにあるだけ”の存在。




