9
チャイムが鳴る。
一日の終わりを告げる音。
教室の中が、ゆるやかに動き出す。
椅子が引かれる音。
笑い声。
「じゃあまた明日」と交わされる、当たり前の言葉たち。
その中に――私はいない。
席に座ったまま、ぼんやりとそれを見ている。
誰も、こっちを見ない。
誰も、気づかない。
目の前を通り過ぎる人たちの影が、何度も重なっては消えていく。
そのどれもが、私を避けるように、ほんの少しだけ軌道をずらしていく。
ぶつかることすらない。
最初から、そこに“何もない”みたいに。
神代も、立ち上がる。
カバンを肩にかけて、友達に声をかける。
「先帰るわ」
軽い調子の声。
何も変わらない、いつもの放課後。
その背中を、ただ見ている。
呼び止めることもできずに。
いや――
呼び止めても、届かないって分かっているから。
足音が遠ざかる。
扉が開いて、閉まる。
それで、教室の中は少しだけ静かになる。
残っているのは、数人。
でも、その誰もが。
私の存在を、認識していない。
「……」
ゆっくりと立ち上がる。
椅子を引く音が、やけに小さく感じた。
もしかしたら、本当に小さいのかもしれない。
もしくは――
誰にも、聞こえていないだけかもしれない。
カバンを持つ。
重さが、ほとんど感じられない。
それでも、持っている“つもり”で歩き出す。
一歩。
また一歩。
教室の中を横切る。
誰の視線も、向かない。
ぶつかることもない。
存在しない影みたいに、すり抜けていく。
扉の前に立つ。
一瞬だけ、振り返る。
そこには、いつも通りの教室があった。
笑い声があって。
会話があって。
人がいて。
でも。
そのどこにも、私はいない。
扉を開ける。
廊下に出る。
閉める。
その音すら、誰にも届いていない気がした。
歩く。
校舎を出る。
夕方の空気が、肌に触れる。
その感触も、やっぱり薄い。
校門を抜ける。
すれ違う人たち。
誰一人として、私を見ることはない。
当たり前みたいに、通り過ぎていく。
「……」
足を止める。
振り返る。
学校が、そこにある。
確かに、私がいた場所。
でも。
(私は、ここにいるのに)
胸の奥で、言葉が静かに沈む。
叫ぶ気力も、もう残っていない。
(もう、誰の世界にもいない)
それだけが、はっきりと分かる。
夕焼けの中で。
影すら曖昧なまま。
私は、ただ立ち尽くしていた。




