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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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8

 どれくらい、そうしていたのか分からない。


 時間の感覚が、もう曖昧だった。


 膝を抱えたまま、ただ小さく息をしているだけ。


 何も考えないようにしても、勝手に浮かんでくる。


 消えたはずの記憶たちが、遅れて胸を締めつける。


(……もう、いい)


 さっき、そう思ったはずなのに。


 何度も繰り返したはずなのに。


 頭の奥で、別の声が小さく響く。


 ――ほんとに?


「……」


 顔を上げる。


 視界はまだぼやけている。


 でも、その奥で。


 何かが、引っかかっていた。


(……あいつ)


 神代の顔が浮かぶ。


 さっきの、“知らない人を見る目”。


 あれで、終わったはずなのに。


 なのに。


 それとは別に――


 もう一つ、思い出してしまう。


 何度も、繰り返し聞いた言葉。


『なんでか分かんないけどさ』


『お前、放っておけないんだよな』


 胸の奥が、わずかに揺れる。


 あれは、嘘じゃなかった。


 作った感情でも。


 偶然でもない。


 何も覚えていないはずなのに。


 それでも、あいつは何度も同じことを言った。


(……違和感)


 今日も、一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ。


 何かを感じていた。


 扉の向こうを、見ていた。


 あれは――


 完全に“ゼロ”じゃなかった。


「……まだ」


 声が、かすかに漏れる。


 自分でも驚くくらい、小さな音。


「……ゼロじゃない」


 ゆっくりと、言葉にする。


 確認するみたいに。


 確かめるみたいに。


 胸の奥に、ほんの微かな熱が戻る。


 さっきまで、何もなかったはずなのに。


 完全に折れたはずなのに。


 それでも。


(消えてない)


 全部じゃない。


 ほんの欠片だけでも。


 確かに、残っている。


 記憶じゃなくて。


 名前でもなくて。


 もっと曖昧で、でも確かなもの。


 “理由の分からない感情”。


 それが、あいつの中に残っている。


「……だったら」


 膝に置いていた手に、少しだけ力が入る。


 震えていた指先が、わずかに動く。


 立ち上がるほどの力は、まだない。


 それでも。


(終わりじゃない)


 そう思ってしまった。


 思ってしまった以上、もう戻れない。


 諦めきれない。


 完全に、手放すことができない。


「……まだ、いける」


 ほとんど、囁きみたいな声で。


 自分に言い聞かせる。


 壊れたままの心で。


 それでも、もう一度だけ。


 伸ばそうとしてしまう。


 届かないかもしれない手を。


 それでも――


 ほんのわずかに残った火が、消えきらずに灯っていた。


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