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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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33/42

5

 気づけば、足は教室へ戻っていた。


 行くあてもなくて。


 でも、どこかで――


 “ここならまだ何か残っているかもしれない”って、思ってしまった。


 扉の前で、一度だけ立ち止まる。


 深呼吸をするみたいに、息を吸って。


(……大丈夫)


 何が大丈夫なのかも分からないまま、そう言い聞かせる。


 そして、扉を開けた。


 放課後の教室。


 人はもうほとんど残っていない。


 窓際の席に、ひとりだけ。


 ――神代がいた。


 机に肘をついて、スマホをいじっている。


 いつも通りの姿。


 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。


(……よかった)


 まだ、いる。


 まだ――


 私は、ゆっくりと歩み寄る。


 一歩ずつ。


 逃げられないように、慎重に。


 声をかけるタイミングを探しながら。


「……神代」


 名前を呼ぶ。


 ほんの少しだけ、震えた声で。


 神代が顔を上げる。


 視線が、合う。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ――


 何かが引っかかることを、期待した。


 これまでみたいに。


 「どこかで会った気がする」って。


 そう言ってくれることを。


 でも。


「……誰だ?」


 その一言で。


 全部、崩れた。


 間違いなく、初対面の目だった。


 探るような気配も。


 引っかかりも。


 何もない。


 ただ、“知らない相手を見る目”。


(……あ)


 息が、止まる。


 何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。


 喉が、からからに乾いている。


「……あの」


 やっとのことで、声を絞り出す。


 でも、それ以上が続かない。


 何を言えばいいのか、分からない。


 これまでなら。


 何度もやり直してきたはずなのに。


 どこから話せばいいのか、もう思い出せない。


 神代は、不思議そうに眉をひそめる。


「用?」


 それだけ。


 短い言葉。


 距離を測るみたいな声音。


 そこにはもう、“無意識の近さ”すらなかった。


(……違う)


 昨日までとは、明らかに違う。


 あの、“理由は分からないけど放っておけない”っていう感じが。


 欠片も、残っていない。


 完全に。


 綺麗に。


 リセットされている。


「……」


 口を開く。


 閉じる。


 言葉が見つからない。


 何を伝えればいいのか。


 どうすれば、届くのか。


 分からない。


 全部、分からない。


「……何もないなら、いいけど」


 神代が、少しだけ視線を逸らす。


 興味を失ったみたいに。


 それだけで、十分だった。


 “終わった”って、分かるには。


(……嘘だろ)


 心の中で、呟く。


 でも、その言葉すら、どこか遠くに感じる。


(昨日まで)


 あんなに、近くにいたのに。


 笑って。


 話して。


 約束までして。


(……一番、残ってほしかったのに)


 胸の奥が、静かに崩れていく。


 痛いはずなのに。


 痛みすら、うまく感じられない。


 ただ、空っぽになっていく感覚だけが残る。


「……ごめん」


 気づけば、そんな言葉がこぼれていた。


 誰に向けてなのかも分からないまま。


 神代は首をかしげる。


「いや、別に謝られるようなことされてないけど」


 当然の反応。


 何も知らない人の、普通の返し。


 それが、どうしようもなく遠い。


「……そっか」


 小さく頷く。


 それ以上、何も言えなかった。


 ここにいても。


 もう、意味がない気がして。


 踵を返す。


 一歩、歩く。


 床に足が触れているはずなのに、その感覚さえ曖昧で。


 それでも、進むしかなかった。


 背中に、何も感じない。


 呼び止められることもない。


 視線すら、向けられない。


 それが、答えだった。


 ――本当に、全部なくなったんだって。


 教室の扉に手をかける。


 一瞬だけ、振り返りそうになる。


 でも。


 やめた。


 もう、確認する必要もなかった。


 扉を開けて、外に出る。


 そのまま、静かに閉める。


 音だけが、やけに大きく響いた。


 それで。


 完全に、終わった気がした。


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