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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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31/42

3

 昼休み。


 教室のざわめきが、やけに遠く聞こえる。


 私は、ずっと陽菜の方を見ていた。


 ――大丈夫。


 まだ、全部が消えたわけじゃない。


 そう思いたくて。


 最後に残るのは、きっと陽菜だって。


 勝手に、そう信じていた。


(……行かなきゃ)


 立ち上がる。


 一歩踏み出すだけで、足が重い。


 それでも、止まれなかった。


「陽菜」


 声をかける。


 すぐ近くで。


 ちゃんと届く距離で。


 陽菜が、くるりと振り向く。


 目が合う。


 ――ああ、よかった。


 その一瞬で、少しだけ安心しかけた。


 けれど。


「……え?」


 陽菜の表情が、わずかに曇る。


 首をかしげる。


 知らないものを見るみたいに。


 その違和感が、じわじわと広がっていく。


「……誰?」


 軽い声だった。


 何気ない、ただの疑問みたいに。


 でも。


 その一言が、胸の奥を鋭く切り裂く。


「え……?」


 言葉が、うまく出てこない。


 頭の中が、真っ白になる。


「ごめん、なんか用?」


 陽菜は少し困ったように笑う。


 気まずそうに。


 本当に、“初対面の人”に向けるみたいな顔で。


(嘘だろ)


 息が詰まる。


 視界が、ぐらりと揺れる。


「陽菜……私だよ」


 必死に言葉を繋ぐ。


「昨日、一緒にお昼食べて――」


「え、昨日?」


 陽菜が目を瞬かせる。


 心底分からない、という顔で。


「ごめん、全然覚えてないかも……」


 あっさりと、そう言った。


 悪気なんて、まるでない声音で。


(嘘だろ)


 もう一度、同じ言葉が浮かぶ。


 でも今度は、さっきよりもずっと重い。


「ほら、あの時……恋バナしてさ」


 震える声で、続ける。


「神代のこと、からかって――」


「え、誰?」


 陽菜が首を傾げる。


 きょとんとしたまま。


「神代って……うちのクラスの?」


「……うん」


「その人と、あなたが?」


 “あなた”。


 その呼び方が、突き刺さる。


 距離が、一気に遠くなる。


 手を伸ばしても、届かない場所へ。


「……ちょっと待って」


 鞄を探る。


 震える指で、スマホを取り出す。


「これ見て」


 写真を開く。


 昨日、一緒に撮ったやつ。


 笑ってる、私と陽菜。


 確かにそこにあったはずの、証拠。


 画面を、陽菜に向ける。


「これ――」


 言いかけて、止まる。


 息が、止まる。


 画面の中には。


 陽菜しか、写っていなかった。


 隣にいたはずの私は。


 綺麗に、切り取られたみたいに――消えている。


「……え?」


 自分の声が、やけに遠い。


「なにこれ……」


 指先が震える。


 何度も画面をスワイプする。


 別の写真。


 別の日。


 どれも。


 どれも。


 陽菜だけが写っていて。


 私の姿は、どこにもない。


「この子……誰?」


 陽菜が、画面を覗き込む。


 別の写真を指差して言う。


 そこには、ぼんやりとした影みたいなものがあった。


 でも、それが“誰か”だとは認識されていない。


「知らない人、写ってるけど……」


 不思議そうに眉をひそめる。


「ちょっと怖くない?」


 軽く笑う。


 冗談みたいに。


 その笑い声が、耳に刺さる。


(嘘だろ)


 頭の中で、何度も繰り返す。


 でも、もう。


 それを否定する材料が、どこにもない。


「……昨日まで」


 かすれた声が、こぼれる。


「一緒に、笑ってたじゃん……」


 陽菜は、困ったように笑うだけだった。


「ごめん、本当に分かんない」


 その一言で。


 全部が、終わる。


(……一番)


 胸の奥が、ぐしゃりと潰れる。


(……一番、覚えててほしかったのに)


 足元が崩れるみたいな感覚。


 立っていられなくなる。


 でも。


 誰も支えてくれない。


 手を伸ばしても。


 もう、誰にも届かない。


 目の前にいるのに。


 こんなに近くにいるのに。


 陽菜はもう――


 私を、まったく知らない。


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