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ホームルームが始まる。
いつも通り、担任が出席簿を開く音が教室に響いた。
「じゃあ、出席取るぞー」
名前が、一人ずつ呼ばれていく。
当たり前の、日常の光景。
そのはずなのに。
私は、無意識に息を止めていた。
ページがめくられる音。
次の名前。
次の、次。
――そして。
何もなかったみたいに、進んでいく。
(……あれ?)
一瞬、思考が止まる。
今の。
今のところで――
呼ばれるはずだった。
私の名前が。
でも、担任は何も言わずに次へ進んだ。
まるで、最初からそこに名前なんて載っていないみたいに。
(嘘でしょ……)
喉の奥がひりつく。
手のひらに、じわりと汗が滲む。
周りを見渡す。
誰も、何も反応していない。
隣の席の子も、前の席の子も。
ただ普通に、出席が進むのを聞いているだけ。
違和感を抱いているのは、私だけだ。
「……はい、全員いるな」
担任がそう言って、出席簿を閉じる。
――全員。
(……いる、って……)
心臓が、強く脈打つ。
私はここにいる。
ちゃんと席に座っている。
なのに。
“数に入っていない”。
それが、はっきりと分かってしまった。
そのまま授業が始まる。
プリントが配られていく。
「後ろ回してー」
いつもの声。
紙の擦れる音。
でも。
私のところには――来ない。
前の席の子が、後ろへとプリントを渡す。
その流れが、私の席を飛び越えていく。
まるで、そこに“空白”があるみたいに。
(ちょ、待って……)
思わず手を伸ばす。
「それ、一枚――」
声をかける。
けれど。
届かない。
前の席の子は、何も聞こえていないみたいに、そのまま後ろへ渡した。
指先が、紙に触れる前に止まる。
空気だけを掴む。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(なんで……)
言葉が、内側に沈んでいく。
視界の端で、別の動きがあった。
隣の席の子が、カバンを持ち上げる。
そして。
何の躊躇もなく――
私の机の上に、それを置いた。
どさり、と音がする。
一瞬、思考が真っ白になる。
(……え?)
目の前に、他人の荷物。
当然みたいに置かれている。
そこに“私のスペース”なんて、最初から存在していないみたいに。
「……ちょっと」
思わず声が出る。
カバンを押しのける。
机の端へとずらす。
でも。
隣の子は、まったく反応しない。
視線すら、向けない。
ただ普通に、前を向いたまま。
何も起きていないかのように。
私は、もう一度カバンに触れる。
確かに、そこにある。
触れられる。
動かせる。
なのに。
それを動かした“私”には、誰も気づかない。
(ここにいるのに)
喉の奥が、震える。
声にしようとしても、うまく出てこない。
(なんで、誰も気づかないんだよ)
叫びたいのに。
叫んでも、届かない気がして。
怖くて、声が出せない。
視界が、じわりと滲む。
でも、それすら。
誰にも見えていない。
教室の中で。
みんなのすぐ隣で。
私は――
完全に、“いないもの”になりかけていた。




