第4章:崩壊 1
朝の教室は、いつもと同じざわめきに満ちているはずだった。
ドアを開けた瞬間、聞こえてくる笑い声も、机を引く音も、変わらない。
――なのに。
どこか、少しだけ遠い。
(……あれ?)
うまく言葉にできない違和感が、胸の奥に引っかかる。
気のせいだと思いながら、私は自分の席に向かう。
「おはよ、陽菜」
いつも通り、軽く声をかける。
陽菜は一瞬こちらを見た。
――見た、はずなのに。
「……あ、おはよ」
ほんの一拍遅れて、返事が返ってくる。
その間が、やけに長く感じた。
(今の……)
引っかかる。
ほんのわずかなズレ。
でも、それがやけに気持ち悪い。
「昨日のさ――」
続けて話しかけようとすると、陽菜はすでに隣の子に向き直っていた。
「それでさ、マジでウケるんだけど」
会話はそのまま流れていく。
まるで、最初から私なんていなかったみたいに。
言いかけた言葉が、宙に浮く。
(……今の、私に言ったよね?)
喉の奥で、小さく呟く。
でも、その問いは誰にも届かない。
「ね、聞いてる?」
別のグループの声が耳に入る。
「え、誰に言ってんの?」
笑い混じりのやり取り。
ただの何気ない会話のはずなのに。
――なぜか、自分に向けられたもののように感じてしまう。
違う、と思いたいのに。
否定しきれない何かがある。
席に座る。
机に手をつく。
その感触さえ、どこか薄い気がした。
(いや、違う……)
首を振る。
考えすぎだ。
昨日だって、似たようなことはあった。
忘れられることには、もう慣れているはずだ。
それなのに。
今日のこれは――
(“忘れられてる”んじゃない)
もっと、別の何かだ。
視線が合わないわけじゃない。
声が届いていないわけでもない。
なのに。
“認識されていない”。
そんな感覚。
輪郭だけが、ぼやけていくみたいに。
私はここにいるのに。
確かに、ここに座っているのに。
(……いや、違う)
自分に言い聞かせる。
そんなはずない。
ちゃんと見えてるはずだし、聞こえてるはずだ。
ただ、少しタイミングがズレてるだけで――
そう思おうとした、そのとき。
「それ、誰のノート?」
近くで声がする。
反射的に顔を上げる。
でも、その視線は私を通り過ぎて、後ろの席へ向いていた。
まるで最初から、私は視界に入っていないみたいに。
胸の奥が、ひやりと冷える。
(……いや、違う……よね?)
否定の言葉が、うまく続かない。
さっきからずっと、同じことを繰り返している。
気のせいだと、思おうとして。
でも、そのたびに。
ほんの少しずつ、確信に近づいてしまう。
――私は。
少しずつ。
ここから、外れ始めている。




