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その日の夜。
部屋の静けさが、やけに重たく感じられた。
机に向かって、ノートを開く。
何度も繰り返してきた、記録。
神代との会話。
起きた出来事。
違和感。
全部、忘れないように――残すためのもの。
ページをめくるたびに、息が詰まる。
(……やっぱり)
指先が、止まる。
書き込まれた日付と、内容。
その間隔。
比べなくても、分かるくらいに。
はっきりと。
「短くなってる……」
小さく、呟く。
前は、もう少し余裕があった。
違和感が積み重なって、確信に変わるまで。
神代が、あの言葉に辿り着くまで。
もっと、時間があったはずなのに。
今回は。
明らかに、早い。
思い出すよりも先に、消えていく。
積み上がるよりも先に、崩れていく。
(このままだと)
喉の奥が、ひどく乾く。
ノートを握る手に、力が入る。
「……間に合わない」
言葉にした瞬間、現実になる気がして。
それでも、止められなかった。
次があるかもしれない。
何度でも繰り返してきたように。
また、同じ朝が来て。
また、神代と出会って。
また、少しずつ近づいて。
そして――
消える。
(もし次があるなら)
胸の奥で、何かが強く脈打つ。
(もっと短いかもしれない)
今よりも。
もっと早く。
もっと何も残らないまま。
終わってしまうかもしれない。
それでも。
完全な絶望じゃなかった。
今日、神代は言った。
“忘れてる気がする”と。
それでも、気になると。
理由も分からないまま、私を選ぶと。
(……届いてる)
確かに。
どこかに。
記憶じゃない何かが、残っている。
何度消えても。
ゼロにはならない何かが。
ある。
ノートを閉じる。
ゆっくりと、息を吐く。
怖い。
間に合わないかもしれない。
全部が消えるかもしれない。
それでも――
「……次で終わらせる」
小さく、でもはっきりと呟く。
自分に言い聞かせるみたいに。
希望は、まだある。
ただし。
時間は、もうほとんど残っていない。
夜の静寂の中で。
その事実だけが、やけに鮮明に浮かび上がっていた。




