表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/48

8

 放課後。


 チャイムが鳴り終わるのを待たずに、神代が立ち上がる。


 そのまま、迷いなくこちらに来る。


「帰るだろ」


 当たり前みたいに言う。


 名前も呼ばない。


 それでも、まっすぐ私を見ている。


「……うん」


 頷くと、神代はそれ以上何も聞かずに歩き出す。


 私は、その隣に並ぶ。


 この距離も。


 この流れも。


 もう、説明なんていらないくらい自然になっている。


(……選んでる)


 毎回。


 何も覚えていないはずなのに。


 それでも、神代は迷わず私のところに来る。


 それが、どれだけ嬉しいか。


 どれだけ救われているか。


 分かっているのに――


「なあ」


 神代が、ふとこちらを見る。


「さっきさ」


 一瞬、言葉が止まる。


「……何の話してたっけ」


 その一言で、現実に引き戻される。


 胸の奥が、きゅっと締まる。


「……プリントの話」


「あー、それか」


 適当に頷く。


 本当に思い出したわけじゃない。


 ただ、流れに乗っただけ。


(……まただ)


 ついさっきの会話すら、もう残っていない。


 それなのに。


 神代は、ふと手を伸ばす。


 歩きながら、私の腕を軽く引く。


「危ないって」


 すぐ横を、自転車が通り過ぎる。


 何気ない動作。


 反射みたいなもの。


 でも。


 その手の温度が、はっきりと伝わる。


(……触れてる)


 現実として。


 確かに、ここにある。


「サンキュ」


 小さく言う。


「気にすんな」


 神代はすぐに手を離す。


 何もなかったみたいに。


 そのまま、前を向いて歩き続ける。


 そして――


「なあ」


 また、声。


「お前さ」


 一瞬、期待してしまう。


 さっきの流れの続きかもしれないと。


「……名前、なんだっけ」


 その言葉が、静かに落ちる。


 胸の奥で、何かが崩れる音がする。


 分かっていたはずなのに。


 何度も経験してきたはずなのに。


 それでも。


 この瞬間だけは、どうしても慣れない。


「……澪」


 短く答える。


「澪、ね」


 神代は繰り返す。


 確かめるみたいに。


 でも、その表情に、さっきまでの記憶は一切ない。


 ただ、新しく聞いた名前をなぞっているだけ。


(……近づいてるのに)


 距離は、こんなにも近い。


 言葉も。


 仕草も。


 感情も。


 全部、前よりも確かになっている。


 それなのに。


(遠ざかってる)


 土台が、追いつかない。


 積み重なる前に、崩れていく。


 さっき触れた手の温度も。


 交わした言葉も。


 全部、次の瞬間には消えてしまう。


「……どうした」


 神代が、不思議そうに覗き込む。


 少しだけ顔が近い。


「なんか、変な顔してる」


「してない」


 即答する。


 これ以上、何かがこぼれないように。


「そうか?」


「うん」


 無理やり、口角を上げる。


 笑う。


 いつもみたいに。


 そうしないと、壊れてしまいそうで。


 神代もつられて笑う。


 何も知らないまま。


 何も気づかないまま。


 それでも、隣にいてくれる。


 だからこそ。


 余計に、苦しい。


(……それでも)


 足は止まらない。


 この距離を、手放せない。


 どれだけ崩れても。


 どれだけ消えても。


 それでも、神代は私を選ぶ。


 その事実だけが――


 唯一、消えないものみたいに思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ