5
帰り道。
夕焼けが、街をやわらかく染めている。
並んで歩く距離は、もう迷いがない。
最初からこうだったみたいに、自然に隣にいる。
神代が、何気なく話しかけてくる。
「今日さ、先生の話めっちゃ長くなかった?」
「なってたね。途中から誰も聞いてなかったけど」
「だよな。俺も途中で諦めた」
「最初からでしょ」
「バレた?」
「顔に出てた」
軽いやり取り。
笑いながら、歩幅を合わせる。
沈黙があっても、気まずくならない。
むしろ、その静けささえ心地いい。
(……ここまで来た)
ふと、そんな実感が胸に浮かぶ。
何度も繰り返してきた、この帰り道。
でも。
今のこの距離は、明らかに違う。
会話の長さも。
視線の自然さも。
隣にいることへの、違和感のなさも。
全部が、前よりも“当たり前”になっている。
「なあ」
神代が、ふとこちらを見る。
「明日もさ、一緒に帰るか」
何気ない調子で。
特別でもなんでもないみたいに言う。
でも、その言葉が――
胸の奥に、強く響く。
(……明日も)
また、同じことを言われるかもしれない。
また、「誰?」って聞かれるかもしれない。
分かってる。
それでも。
(それでも、もし)
ほんの少しだけ。
期待してしまう。
ここまで積み重なってきたものが。
この距離が。
この空気が。
(このままいけば)
もしかしたら。
(今度は、消えないかもしれない)
根拠なんて、どこにもない。
何度も裏切られてきた考えだ。
それでも。
今日の神代は。
昨日よりも確実に、近くにいて。
私を選んで、隣を歩いている。
その事実が、どうしても希望に変わる。
「……いいよ」
小さく答える。
声が、少しだけ柔らかくなる。
「じゃあ決まりな」
神代が笑う。
その横顔を、ちらりと見る。
何も知らない顔。
でも。
その無意識の中で、確かに私を選んでいる。
(もう少しだけ)
信じてみてもいいのかもしれない。
全部が消えるわけじゃないって。
何かは、ちゃんと残るんだって。
そう思ってもいいくらいには――
今のこの距離は、確かだった。




