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昼休み。
教室はざわざわしていて、落ち着かない。
私は少しだけ息をついて、席を立った。
行き先を決めているわけじゃない。
ただ、人の少ない場所に行こうと思っただけ――
「おい」
後ろから、声。
振り向く前に分かる。
「どこ行くんだよ」
神代が、当たり前みたいにそこにいる。
「ちょっと静かなとこ」
「じゃあ俺も行く」
迷いがない。
理由も聞かない。
それがもう、自然になっている。
「……別にいいけど」
「やった」
軽く笑って、隣に並ぶ。
その距離が、近い。
肩が触れそうで、触れないくらい。
前は、こんな距離じゃなかったのに。
(……近い)
意識すると、少しだけ鼓動が速くなる。
でも、神代は気にした様子もない。
ただ普通に歩いているだけ。
それが余計に、現実味を帯びる。
空き教室に入ると、神代は迷わず窓際の席に座った。
そして――
隣の椅子を、軽く引く。
無言のまま。
“ここに座るのが当たり前”みたいに。
少しだけ迷ってから、そこに座る。
距離は、やっぱり近い。
「ここ、いいな」
神代が外を見ながら言う。
「静かだし」
「でしょ」
短く返す。
それだけなのに、会話が続く。
間が怖くない。
沈黙が、重くならない。
神代がふと、腕を伸ばす。
窓枠に肘をつく、その動きで。
ほんの少しだけ、私の肩に触れた。
――一瞬。
ほんの、かすかな接触。
でも。
(……今、触れた)
意識がそこに集中する。
心臓が、強く跳ねる。
神代は何も気にしていない。
謝りもしないし、離れもしない。
ただ、そのままの距離にいる。
無意識のまま。
それが、分かる。
「なあ」
神代がぽつりと呟く。
「なに」
「お前といるとさ」
視線は外に向けたまま。
何気ない口調で。
「なんか落ち着くんだよな」
その言葉が、静かに落ちる。
あまりにも自然に。
あまりにも当たり前みたいに。
だからこそ。
胸の奥に、深く響く。
(……やっぱり)
確信に近いものが、形になる。
記憶はない。
名前も、関係も。
何一つ残っていないはずなのに。
それでも。
“感情”だけが、ここにある。
何度消えても。
何度やり直しても。
ちゃんと、同じ場所に辿り着く。
「そりゃどうも」
軽く返す。
いつもみたいに。
でも、声は少しだけ柔らかくなる。
「なんだよ、その返し」
「褒め言葉なんでしょ」
「まあな」
神代が笑う。
その横顔が、やけに近い。
手を伸ばせば触れられる距離。
でも、触れない。
触れてしまったら、壊れてしまいそうで。
(……これが、恋なら)
もう、とっくに始まっている。
何度も。
何度でも。
繰り返してきた、この時間の中で。
神代は何も知らないまま。
それでも、同じ気持ちに辿り着いている。
そして私は。
その全部を、覚えている。
だからこそ――
嬉しくて。
怖くて。
どうしようもなく、苦しい。
隣にいる温度が、やけにリアルで。
それが消えてしまう未来を、同時に想像してしまうから。
それでも。
今だけは。
この距離を、受け入れてしまう。
何も言わずに。
ただ、隣にいることを。




