3
次の日。
朝の教室。
いつも通り――のはずなのに。
「……あれ」
神代の声が、少しだけ引っかかった。
席に着こうとしていた私を見て、足を止めている。
視線が、合う。
ほんの一瞬。
何かを思い出しかけるみたいに、目が細くなる。
「お前」
言いかけて、止まる。
「……なんか」
言葉を探すように、眉を寄せる。
「見覚えあるんだよな」
その一言。
胸が、強く跳ねる。
(……来た)
確実に、前より深い。
“なんとなく”じゃない。
ちゃんと、引っかかっている。
「そう?」
平静を装って返す。
心の中では、息が乱れているのに。
「うん。どっかで会ってる気がする」
「同じクラスだしね」
「あー、それか」
神代は納得したように頷いて。
でも、どこか釈然としない顔のまま、席に向かう。
完全には、消えていない。
その証拠みたいに。
(……やっぱり)
静かに、確信が積み重なる。
――ただのリセットじゃない。
何かが、残ってる。
授業中。
ふとしたタイミングで、神代がこちらを見る。
目が合うと、すぐに逸らす。
でも、また少しして、同じように視線が来る。
まるで。
確認しているみたいに。
“本当に知らない相手なのか”を。
昼休み。
中庭へ向かう途中。
「なあ」
隣に並びながら、神代が口を開く。
「前にもさ」
その言葉に、思わず足が止まりそうになる。
「こういうの、あった気がするんだよな」
何気ない口調で。
でも、確かに。
繰り返している。
同じ感覚を。
同じ違和感を。
「こういうのって?」
問い返すと、神代は少し考えて。
「一緒にどっか行く感じ?」
「初めてじゃない気がするんだよ」
さらっと言う。
重みもなく。
確信もなく。
ただ、“そう感じている”だけの言葉。
それでも。
(……十分だよ)
胸の奥で、何かがほどける。
記憶じゃない。
証拠もない。
でも。
確かに、ここにある。
消えきらなかった何かが。
「気のせいじゃない?」
あえて軽く流す。
これ以上踏み込んだら、壊れてしまいそうで。
「かもな」
神代は笑う。
でも、そのあとで。
「でもさ」
もう一度、続ける。
「お前と話すの」
一拍置いて。
「初めてじゃない気がする」
その言葉が、静かに落ちてくる。
何度も繰り返してきたはずの一日。
何度もゼロに戻ったはずの関係。
それでも。
こうして、同じ場所に辿り着いている。
違うルートを通って。
違う会話をして。
それでも、同じ結論に。
(……すごいね)
心の中で、そっと呟く。
あなたは。
忘れても、忘れても。
ちゃんと、ここまで来るんだ。
私のところまで。
「……そっか」
小さく答える。
それ以上は、何も言えなかった。
嬉しさと。
怖さが。
同時に、胸の中で広がっていく。
――残っている。
確かに。
でも、それがどこまで続くのかは、分からない。
むしろ。
はっきりしてきたからこそ、怖い。
(もし、これが――)
消える前の、最後の抵抗だったら。
そんな考えが、頭をよぎる。
それでも。
隣を歩く距離は、昨日よりも近くて。
その事実だけが、確かな“今”だった。




