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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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20/54

2

 その日の放課後。


 教室に残っている人は、もうまばらだった。


 窓から差し込む夕方の光が、机の上をオレンジ色に染めている。


 私はノートをまとめながら、ちらりと視線を上げる。


 ――来る。


 理由なんてないのに、そう分かる。


 次の瞬間。


「まだ帰んないの?」


 声が落ちてきた。


 顔を上げると、すぐそばに神代が立っている。


 自然すぎる距離。


 まるで最初から、そこにいるのが当たり前みたいに。


「……今まとめてるとこ」


「ふーん」


 神代はそのまま、私の前の席を引いて座る。


 迷いがない。


 “たまたま”とは思えない動き。


(……やっぱり)


 胸の奥が、少しだけ高鳴る。


 昨日までなら、ここに来るまでに、もっと時間がかかった。


 話しかけるきっかけを探して。


 少しずつ距離を詰めて。


 そうやって、何度もやり直してきたのに。


 今日は――違う。


「それ、どこのノート?」


 神代が覗き込む。


「現文。寝てたでしょ」


「バレてる」


「いつものこと」


「ひどくない?」


「事実」


 間髪入れずに返す。


 自分でも驚くくらい、自然に言葉が出る。


 神代もすぐに笑った。


「容赦ねえな」


「甘やかしたらまた寝るでしょ」


「否定できない」


 軽口が、すぐに成立する。


 探り合いも、ぎこちなさもない。


 最初から、こういう距離だったみたいに。


(……早い)


 心の中で、そっと呟く。


 明らかに、違う。


 昨日よりも。


 今までのどの日よりも。


 距離が縮まるスピードが、早い。


「なあ、それ貸して」


 神代が手を伸ばす。


「いいけど、ちゃんと返してよ」


「信用なさすぎ」


「実績があるから」


「またそれかよ」


 笑いながら、ノートを受け取る。


 そのまま、ページをめくって。


「……字、意外と綺麗だな」


「“意外と”は余計」


「いや、なんかもっと雑かと」


「どういうイメージ」


「適当そう」


「失礼すぎ」


 テンポよく返すと、神代が肩をすくめる。


 その仕草さえ、どこか見慣れている気がして。


(……やっぱり、何か残ってる)


 記憶じゃない。


 名前でもない。


 でも、確かに。


 こうやって笑うタイミングとか。


 距離の詰め方とか。


 そういう“感覚”だけが、少しずつ積み重なっている。


「なあ」


 神代がふと、顔を上げる。


「お前といるとさ」


 一瞬、言葉を探すみたいに間が空く。


「……なんか、楽なんだよな」


 ぽつりと、こぼす。


 無意識みたいな声音で。


 胸の奥が、強く揺れる。


(……ほら)


 やっぱり。


 何も残っていないはずなのに。


 それでも、ここにある。


 確かに、“続いているもの”が。


「そりゃどうも」


 できるだけ軽く返す。


 でも、声が少しだけ震えたのが、自分でも分かった。


「褒めてるんだけど」


「分かってるよ」


 小さく笑う。


 視線を逸らしながら。


 これ以上見ていたら、何かが溢れそうで。


(前より、早い)


 距離が縮まるのも。


 会話が続くのも。


 全部。


(やっぱり、何か残ってる)


 そう信じたくなるくらいに。


 この時間は、確かに“前の続き”みたいだった。


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