第3章:違和感の積み重ね 1
朝の教室は、まだ空気が落ち着いていない。
窓際の席に荷物を置きながら、私はいつものように視線を巡らせる。
――いる。
少し離れた席に、神代の姿。
それだけで、ほんの少しだけ呼吸が浅くなる。
(今日は――)
どうだろう。
昨日の“続き”は、あるだろうか。
そんな期待を、心の奥で押し殺しながら。
ふと、神代がこちらを見る。
視線が、ぶつかる。
その瞬間。
ほんの一拍だけ、時間が止まったような感覚。
神代の目が、わずかに細められる。
何かを探るみたいに。
「……あれ、お前」
小さく、声がこぼれる。
その言葉に、胸が強く打つ。
神代は首を傾げたまま、私を見ている。
まるで、思い出せそうで思い出せない何かを、必死に手繰り寄せているみたいに。
「なんか……見覚えあるんだよな」
ぽつりと、続ける。
確かめるような、曖昧な声音。
名前は出てこない。
それでも。
――完全に“初めて”ではない。
(……残ってる)
かすかに。
でも確かに、何かが。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
期待と、不安が混ざったような感覚。
言葉を返そうとした、そのとき。
「あ、神代ー、昨日のさ」
クラスメイトが声をかける。
神代の意識が、そちらに引っ張られる。
「ん? ああ、あれな」
さっきまでの表情が、嘘みたいに消える。
私から視線が外れる。
もう一度こちらを見ることはなく、そのまま会話に入っていく。
――戻ってしまった。
さっきの“引っかかり”は、もうどこにもないみたいに。
(……やっぱり)
私は小さく息を吐く。
分かっていたことだ。
名前は出てこない。
記憶は、残らない。
それでも。
ほんの一瞬でも、“気づきかけた”ことが。
どうしようもなく、嬉しくて。
(少しずつ、近づいてる)
そう思ってしまう自分がいる。
危うい期待だと分かっていても。
それでも、手放せない。
私は静かに席に座り、ノートを開く。
視線は落としたまま。
けれど、意識だけが、どうしても神代のほうへ向いてしまう。
――さっきの一瞬を、何度も思い返しながら。




