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昼休みの中庭。
人が少ないベンチに並んで座る。
いつもの教室じゃなくて、少しだけ場所を変えただけなのに、空気が違って感じる。
「ここ、静かでいいな」
神代が空を見上げながら言う。
「でしょ。たまに来る」
本当は、“たまに”じゃない。
何度も来ている。
でも、それは言わない。
「へえ。じゃあ案内役だな」
「任せて」
軽く返す。
会話が、自然に続く。
前よりも、ずっと。
(……今なら)
ふと、そんな考えがよぎる。
少しだけ、踏み込める気がした。
「ねえ、神代」
名前を呼ぶ。
前よりも、迷いなく。
神代が「ん?」と振り向く。
「さっきの授業、寝てたでしょ」
「バレてた?」
「分かりやすすぎ」
「ちゃんと起きてたつもりなんだけどな」
「途中から完全に意識飛んでたよ」
くすっと笑う。
神代もつられて笑う。
「じゃあ、あとでノート見せてくれ」
「いいけど、今度はちゃんと聞きなよ」
「善処する」
「絶対しないでしょ」
「なんでそんな信用ないの」
「今までの実績」
「ひど」
軽いやり取り。
でも、そのテンポが心地いい。
間が合っている。
言葉が重ならない。
少しずつ、“噛み合ってきている”感じがする。
「……なあ、澪」
名前を呼ばれる。
不意打ちみたいに。
一瞬、呼吸が止まる。
「なに」
できるだけ普通に返す。
「お前さ」
神代は少しだけ首を傾げる。
「最初より、だいぶ喋るようになったよな」
「そう?」
「うん。なんか、今のほうが自然」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
(……違うよ)
本当は。
ずっと前から、こうやって話してきた。
何度も、何度も。
ただ、あなたが覚えていないだけで。
でも。
「神代が慣れただけじゃない?」
少しだけ冗談っぽく返す。
「それもあるかもな」
あっさり頷く。
否定しないところが、なんだか可笑しくて。
「でも」
神代は続ける。
「今のほうが、いい感じ」
その言葉に、また胸が鳴る。
――いい感じ。
それはきっと、関係が“できている”ってこと。
たとえ、それが明日には消えるとしても。
(……今ならいけるかも)
ほんの少しだけ、勇気が湧く。
私は、そっと距離を詰める。
肩が触れないくらいの、ほんの数センチ。
でも、それは私にとっては大きな一歩で。
「……ねえ、神代」
「ん?」
「明日もさ」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
それでも、続ける。
「ここでお昼、どう?」
提案する。
“次”を前提にした言葉。
神代は少しだけ考えるように空を見てから、軽く頷いた。
「いいな、それ」
あっさりと、受け入れる。
「じゃあ明日もここな」
約束みたいに言う。
何気ない声で。
――明日も。
その言葉が、胸の奥でやけに大きく響く。
(……続くって、思ってる)
この時間が。
この距離が。
当たり前みたいに、明日もあるって。
神代は何も知らないまま、そう信じている。
そして私は――
それが叶わないことを、知っている。
それでも。
「うん、約束ね」
笑って答えてしまう。
守られない約束だと分かっていても。
それでも、今だけは。
“続く未来”を信じてみたかった。




