7
昼休みのチャイムが鳴る。
ざわ、と教室の空気が緩む。
私はいつも通り、静かに席を立った。
――今日は、誰とも約束していない。
陽菜はいない。
神代とも、特に何も。
(……図書室、行こうかな)
そう思って、教室を出ようとしたとき。
「……あれ」
背中に、声がかかる。
聞き慣れた声。
足が、止まる。
「いた」
振り返ると、神代が立っていた。
少しだけ息が上がっている。
「……どうしたの」
「いや」
神代は軽く頭をかいて、少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「探してた」
――その一言に、心臓が強く鳴る。
「……なんで」
思わず、聞いてしまう。
神代は「さあ」とでも言いたげに肩をすくめた。
「分かんね」
あっさりしている。
本当に、理由なんてないみたいに。
「気づいたらいなかったからさ」
それだけ。
それだけなのに。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……用事?」
「いや、別に」
即答だった。
迷いもなく。
「じゃあ、なんで」
「だから分かんねーって」
少しだけ笑う。
いつもの軽い調子で。
でも、その視線はどこか落ち着かなくて。
居場所を探しているみたいだった。
「……昼、どうすんの」
神代が聞く。
「まだ決めてないけど」
「じゃあ、一緒に食う?」
自然な流れ。
特別なことじゃないみたいに。
でも。
(……選ばれてる)
理由もなく。
記憶もなく。
それでも、ここに来て。
私を見つけて。
当たり前みたいに、隣にいようとする。
その事実が、胸の奥でゆっくり広がっていく。
「……いいよ」
小さく頷く。
神代は「よかった」とでも言うみたいに、軽く息を吐いた。
そのまま、並んで歩き出す。
行き先なんて決めていないのに、自然と足が揃う。
「なあ」
歩きながら、神代がぽつりと呟く。
「ん?」
「なんでか分かんないけどさ」
少しだけ言い淀んでから、続ける。
「お前、放っておけないんだよな」
軽い言い方だった。
深く考えていないみたいに。
でも、その言葉はまっすぐで。
嘘がひとつも混ざっていなかった。
足が、一瞬だけ止まりそうになる。
でも、止まれない。
そのまま歩き続ける。
「……そう」
やっとのことで、返す。
声が少しだけ震える。
神代は気づいていない。
何も知らない顔で、前を向いている。
理由なんて分からないまま。
それでも、確かに“選んでいる”。
(……残ってる)
記憶じゃない。
言葉でもない。
もっと曖昧で、でも消えきらない何かが。
この人の中に、確かにある。
それが、どうしようもなく――
嬉しかった。
そして、同じくらい。
怖かった。




