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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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14/42

5

 放課後の廊下。


 人の流れが少しずつ減っていく中、私は一人で教室を出た。


 ――今日は、神代と帰る約束はない。


 “約束”なんて、意味がないと分かっているから。


 角を曲がったところで、小さな影とぶつかりそうになる。


「あ、すみませんっ」


 慌てて止まったのは、ひとつ下の学年の女子だった。


 短めの髪に、少しだけきつめの目。


 見覚えは――ある。


(……後輩の、玲)


 たしか、何度かすれ違っている。


 そのたびに、少しだけこちらを見ていた。


「大丈夫?」


「はい……あの」


 玲は顔を上げて、私を見る。


 その視線が、ほんの少しだけ長く止まる。


 普通なら、一瞬で終わるはずの“確認”が、終わらない。


「……先輩」


「うん?」


「どこかで、会ってません?」


 その言葉に、胸が小さく跳ねる。


 でも、顔には出さない。


「同じ学校だしね」


 いつもの答え。曖昧にぼかす。


 けれど、玲はすぐに引き下がらなかった。


「それだけじゃなくて……」


 眉を寄せて、少しだけ考え込む。


「なんか、もっと……」


 言葉を探すように、視線が揺れる。


 そして、ぽつりと。


「知ってる気がするんですよね」


 静かな声だった。


 確信はないのに、でも消えない違和感を抱えた声。


(……この子は)


 違う。


 他の人たちとは。


 完全に忘れているわけじゃない。


 でも、思い出せるわけでもない。


 その“間”に、ずっと引っかかっている。


「……気のせいかもよ」


 そう言いながらも、少しだけ息が浅くなる。


 玲は納得していない顔のまま、じっとこちらを見ていた。


「……そう、かもしれないですけど」


 一歩、近づく。


 距離がほんの少し縮まる。


「でも、先輩のこと」


 まっすぐな目で、言う。


「前にも見たとき、同じこと思ったんです」


 ――一度じゃない。


 繰り返し、同じ違和感を抱いている。


「会うたびに、初めてな気がするのに」


 小さく首を傾げる。


「でも、なんか……違うっていうか」


 言葉にできない感覚を、必死に掴もうとしているみたいだった。


 その様子に、胸の奥がざわつく。


(……残ってる)


 ほんのわずかでも。


 形にならなくても。


 この世界から完全に消えているわけじゃない。


 そんな可能性が、目の前にある。


「……名前、教えてもらっていいですか」


 玲が言う。


 その声には、ちゃんと“知ろうとする意志”があった。


 私は一瞬だけ迷ってから、口を開く。


「朝霧澪」


「……澪先輩」


 小さく、繰り返す。


 その呼び方が、やけにくっきりと耳に残る。


「……やっぱり、変です」


 玲はぽつりと呟いた。


「忘れるはずなのに、忘れきれない感じがする」


 その言葉に、息が止まりそうになる。


 ――忘れる“はず”。


 まるで、それが前提みたいに。


「また、会ったら」


 玲は少しだけ真剣な顔で続ける。


「たぶん、また同じこと聞くと思います」


 自嘲気味に、小さく笑う。


「でも、そのときも」


 一瞬だけ、視線が強くなる。


「きっと、気づくと思うんです」


 言い切る。


 根拠なんてないのに。


 それでも、迷いなく。


「……なんか、おかしいって」


 廊下の窓から差し込む光の中で、玲の言葉だけが静かに残る。


 誰も気づかない“異常”を。


 この子だけが、ずっと引っかかり続けている。


(……もし)


 ほんの少しだけ、思ってしまう。


 もし、この違和感が積み重なっていったら。


 いつか、本当に――


 そこまで考えて、やめる。


 期待は、何度も裏切られてきたから。


 それでも。


「……またね」


 自然に、その言葉が出る。


 玲は一瞬驚いた顔をしてから、小さく頷いた。


「はい、先輩」


 その返事が、なぜか少しだけ――


 消えにくいものに感じられた。


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