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昼休み。
「澪ー! 一緒に食べよ!」
教室の後ろから、元気な声が飛んでくる。
振り返ると、陽菜が手を振っていた。
「今日さ、お弁当ちょっと頑張ったんだよね。見て見て!」
「ほんとだ、色すごいね」
「でしょ? インスタ映え意識してみた」
「それ誰に見せるの」
「え、澪」
「責任重大だね」
ふたりで笑う。
机をくっつけて、自然と距離が近くなる。
陽菜は話すのが上手で、聞くのも上手だった。
「てかさ、神代と最近よく一緒にいるよね」
「……そうかな」
「そうだよー。帰りも一緒でしょ?」
にやにやしながら覗き込んでくる。
「別に、たまたま」
「はいはい。たまたまねー」
明るい声。軽いノリ。
でも嫌じゃない。
むしろ――
(楽しい)
こんなふうに、誰かと普通に笑い合う時間があることが。
「恋バナしよ、恋バナ!」
「急だね」
「いいじゃん。澪って好きな人いるの?」
箸を止めて、少しだけ考える。
頭に浮かぶのは、一人だけ。
でも、それをそのまま言うのは、少しだけ怖くて。
「……どうだろ」
「なにそれー、絶対いるでしょ」
「陽菜は?」
「私はねー、今ちょっと気になってる人がいてさ」
楽しそうに話し出す。
その横顔を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなる。
(……いいな)
こういう時間。
ちゃんと続いていく関係。
明日も、その次も、当たり前に続くはずの――
――
翌日。
「陽菜、おはよ」
いつも通りのテンションで声をかける。
昨日の続きみたいに。
当たり前みたいに。
陽菜は振り向いて、私を見る。
そして、少しだけ首を傾げた。
「……えっと」
その表情に、心臓がゆっくり冷えていく。
「誰?」
――ああ。
分かっていたはずなのに。
「……朝霧澪。同じクラス」
口が勝手に動く。
いつもの言葉。慣れた返し。
「ごめん、覚えてないや」
軽い調子で、悪びれもなく笑う。
昨日と同じ顔で。
昨日と同じ声で。
でも、その中に“私”はいない。
「……そっか」
笑おうとして、少しだけ失敗する。
胸の奥が、きしむみたいに痛む。
(……神代のときより)
ずっと、重い。
ずっと、痛い。
昨日、あんなに話したのに。
一緒に笑って、恋バナまでして。
あの時間が、全部――
「ねえ、なんか用?」
陽菜が不思議そうに聞いてくる。
距離が、遠い。
昨日より、ずっと遠い。
「……ううん」
首を振る。
「なんでもない」
それ以上、言えなかった。
言っても意味がないと分かっているから。
どれだけ積み重ねても、全部消える。
どれだけ近づいても、また“はじめまして”に戻る。
神代だけじゃない。
誰とも。
誰とも――
(……関係なんて、残らない)
分かっていたはずの現実が、静かに突き刺さる。
それでも。
昨日の記憶だけが、鮮明に残っていて。
笑い声も、会話も、全部覚えているからこそ――
余計に、つらかった。




