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放課後。
「……帰るか」
神代が立ち上がるのと、ほとんど同時だった。
鞄を肩にかけて、特に約束したわけでもないのに、自然と歩き出す方向が揃う。
――気づけば、もう何日もこうしている。
“たまたま一緒になる”帰り道が、ほとんど習慣みたいになっていた。
「今日、暑くない?」
校門を出たところで、神代が空を見上げる。
「春ってこんなだっけ」
「それ、毎年言ってる気がする」
「言ってるかもな」
軽く笑う声。
間が空かない。
何を話すか考えなくても、言葉が続いていく。
「てかさ、あの先生さ」
「現代文?」
「そう。絶対話脱線するよな」
「するね。気づいたら全然違う話してる」
「今日も半分くらい雑談じゃなかった?」
「それで成績つけるんだからすごいよね」
「それな」
小さく笑い合う。
歩幅も、いつの間にか揃っている。
沈黙が怖くない。
何も話さなくても、変に気まずくならない距離。
――こんなふうに並んで歩く日が来るなんて、最初は思っていなかった。
「お前さ」
ふいに、神代がこちらを見る。
「意外とツッコミちゃんとしてるよな」
「意外ってなに」
「もっと大人しいと思ってた」
「それ、初日の印象でしょ」
「あー……たぶん」
少しだけ考えてから、神代は苦笑する。
「なんか、最初より話しやすくなってる気がする」
さらっと言う。
深い意味なんてなさそうに。
でも。
(……最初、なんて覚えてないくせに)
心の中で、そう思ってしまう。
覚えていないはずなのに。
全部、リセットされているはずなのに。
それでも、“変化”を感じている。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
「……そっちもね」
少しだけ顔を逸らして答える。
「お前も変わったよ」
「そう?」
「前より、ちゃんと喋る」
「それ、どういう意味」
「そのまんま」
軽く肩をすくめる仕草。
くだらないやり取りなのに、笑ってしまう。
声が自然に出る。
無理をしていない。
――ただ、楽しい。
信号で立ち止まる。
赤い光の下で、並んで立つ。
横を見ると、神代も同じようにぼんやり前を見ていた。
「なあ」
「なに」
「なんでだろうな」
ぽつりと落ちる声。
「お前といるとさ」
一瞬だけ、言葉を探すように間が空く。
そして、いつもの調子で続ける。
「なんか、楽なんだよな」
信号が青に変わる。
歩き出すタイミングも、同時だった。
胸の奥が、静かに温かくなる。
(……これが)
“積み重ね”なんだと思った。
たとえ、明日には消えてしまっても。
今日のこの時間は、確かにここにあって。
少しずつ、少しずつだけど――
同じ距離に、戻ってきている。
何度でも。
何度でも。
私はまた、この帰り道を歩く。




