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追放された令嬢は『生活魔法』で楽をしたい!  作者: 九葉(くずは)


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第6話 団長様による餌付け作戦

「……吸う力すら、もったいない」


私はカウンターの奥で、虚ろな目をしていた。

口元には、パウチ型の容器。

中に入っているのは、私が開発した『完全栄養補給ゼリー(魔力添加版)』だ。


色はドブのような深緑色。

味は、無味。

食感は、スライムそのもの。


「んぐ……」


私はそれを少しずつ吸い込む。

不味い。

だが、食事とは本来、生命維持に必要な栄養素を摂取する作業タスクだ。

味や彩りなど、飾り(オプション)に過ぎない。


ナイフとフォークを動かし、食材を切り、口に運び、咀嚼し、飲み込む。

その一連の動作にかかるカロリーと時間を考えれば、このゼリーこそが最適解なのだ。


カランコロン。


ドアが開く音がした。

会員制になってから、客の出入りはスムーズだ。


「店主殿。……また、そんな気色の悪いものを飲んでいるのか」


低い、呆れたような声。

ヴォルフガングだ。

彼は今日もピカピカの騎士服に身を包み、眉間に深い皺を寄せて私の手元を睨んでいた。


「……何か問題でも?」


私はゼリーを吸いながら答えた。


「問題だらけだ。顔色が悪いぞ。昨日、あれほど立派な『暴れ牛』の肉を渡しただろう。食べたのか?」


「……いえ。解体が面倒で、冷蔵庫ストレージに入れたままですが」


「やはりか……!」


ヴォルフガングは頭を抱え、深い溜息をついた。


「貴殿という人間は……! 魔法の構築には神がかった緻密さを見せるくせに、自分の生存に関しては野生動物以下だな!」


「野生動物はもっと必死に狩りをしますよ。私は動きません」


「威張るな」


ヴォルフガングはドン、とカウンターに何かを置いた。

重箱だ。

漆塗りのような光沢のある、高級そうな箱。

微かに温かい。


「……これは?」


「弁当だ。昨日私が持ち帰った肉を調理したものだ。……こうなる予感がしていたからな」


彼はそっぽを向いて言った。

耳が赤い。

予感がしていたとはいえ、わざわざ作ってきたのか。


「開けてみろ」


言われるがままに蓋を開ける。


「おお……」


中には、茶色い宝石箱が広がっていた。

甘辛いタレを絡めて焼かれた『暴れ牛』のステーキが、白米の上に敷き詰められている。

付け合わせには、彩り豊かな焼き野菜と厚焼き卵。

すべてが一口サイズにカットされている。


「私の実家……辺境伯家に伝わる『スタミナ重』だ。味は保証する」


「ヴォルフガング様が作ったのですか?」


「……趣味だ。無心で食材を刻んでいると、心が落ち着く」


意外な特技だ。

破壊神のような見た目をして、繊細な手仕事が好きらしい。


「いただきます」


私はフォークを手に取った。

肉を一切れ刺し、口に運ぶ。


「……ん」


美味しい。

噛んだ瞬間、肉の旨味と脂の甘みが爆発する。

王都の腐りかけの肉とは次元が違う、「生命」の味がした。


だが。


(……面倒くさい)


三口ほど食べたところで、私の手は止まった。

肉は柔らかいが、それでも咀嚼が必要だ。

フォークを持ち上げ、口まで運び、顎を動かす。

この単純作業の繰り返しに、私の怠惰な脳が拒否反応を示し始めた。


私はコトリとフォークを置いた。


「どうした? 口に合わなかったか?」


ヴォルフガングが不安そうに身を乗り出す。


「いえ、美味しいです。とても。……ただ」


「ただ?」


「腕を動かすのが面倒で。あと二十回もフォークを往復させるなんて、重労働すぎます」


私は真顔で言った。

普通の人間なら「ふざけるな」と怒って帰る場面だろう。


だが、ヴォルフガングは違った。


「……そうか。貴殿はそこまで『機能不全』を起こしていたのか」


彼は深刻な顔で頷き、なんとカウンターの内側へ回り込んできた。


「見ていてじれったい。貴殿の食事速度は、行軍に支障が出るレベルだ」


「はい?」


彼は私の手からフォークを奪い取り、肉と卵焼きを刺した。

そして、それを私の口元へ突き出す。


「口を開けろ」


「……」


「どうした。開けないと燃料が入らないぞ。これは補給任務だ」


真顔だ。

この男、本気だ。

ふざけているわけでも、口説いているわけでもない。

「整備不良の機械に油を注す」のと同じ感覚で、私に餌を与えようとしている。


(……まあ、楽ならいいか)


私は抵抗を諦め、小さく口を開けた。


「あーん」


パク。

甘辛いタレの味が広がる。


「どうだ?」


「……美味しいです。自分で運ぶより、二割増しで」


「そうか。効率が良いな」


ヴォルフガングは満足そうに頷き、次は野菜を刺した。

その手つきは、弱った小動物を保護する飼い主のようだ。


パク。モグモグ。

パク。モグモグ。


店内には、奇妙な沈黙が流れていた。

一階のソファで休憩していた騎士たちが、全員こちらを凝視しているからだ。


「おい、見ろよ……あの鬼団長が……」

「戦場では『動けない奴は置いていく』が口癖の団長が……」

「餌付けしてる……」

「あれは、我々には見せない『母性』の顔だ……」


ひそひそ話が聞こえるが、ヴォルフガングの耳には届いていないらしい。

彼は完全に「給餌作業」に没頭していた。


「次は米だ。よく噛めよ。消化効率が下がるぞ」


「んぐ……」


私は咀嚼しながら、冷静に分析していた。


(これ、究極の全自動システムじゃない?)


調理、配膳、運搬。

食事における全工程プロセスを、彼にアウトソーシング(外部委託)できている。

私はただ、口を開けて飲み込むだけ。


楽だ。

あまりにも楽すぎる。


それに、彼が無骨な手で私の口元のタレを拭ってくれたとき、なぜか胸の奥が温かくなる。

これは……マッサージチェアの機能にはない感覚だ。


(……悪くないわね)


完食する頃には、私はすっかり満腹になり、同時に強烈な睡魔に襲われていた。

消化にエネルギーを使っている証拠だ。


「任務完了だな」


ヴォルフガングは空になった重箱を見て、誇らしげに頷いた。


「店主殿。貴殿の技術は国の宝だ。だが、その自己管理能力は絶望的だ。……これからは、私が食事管理を担当しよう」


「え、毎日ですか?」


「迷惑か? どうせ放っておけば、またあのドブ色のゼリーを啜るつもりだろう」


「……否定はしません。非常に助かります。効率的ですので」


「うむ。契約成立だな」


彼はニッと笑った。

その笑顔は、今まで見た中で一番、年相応の青年のものだった。


「では、私は午後の訓練に戻る。……寝る前に、歯を磨けよ」


「はいはい」


彼は空箱を持って、颯爽と店を出て行った。

残された私は、膨れたお腹をさすりながら、クッションに沈み込んだ。


「……介護要員として、Sランクね」


私は独り言ちた。

家事ができて、護衛ができて、食事の世話までしてくれる。

しかも素材は最高級のSランク食材。

そんな人材、どこを探してもいないだろう。


(捕まえておかないと、損かも)


そんな計算高い思考と共に、私の意識は微睡みの中へ落ちていった。


王都の王子からの「戻ってこい」という手紙より、彼の作るステーキ重の方が、私にとっては重要事項になりつつあった。

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