第2話 廃墟を自動化要塞へ
王都を出てから数日。
馬車に揺られ続けた私は、ようやく目的の地に降り立った。
「……寒っ」
馬車の扉を開けた瞬間、刃物のように鋭い冷気が頬を撫でる。
ここは北の辺境、騎士団領。
魔物の住処である『魔の森』に隣接した、国防の最前線だ。
空はどんよりとした鉛色。
道行く人々は皆、分厚い毛皮をまとい、目つきが鋭い。
王都の華やかさとは無縁の、泥と煤に塗れた灰色の街並み。
けれど、私にはここが楽園に見えた。
知っている顔が一人もいない。素晴らしい。
「ありがとう、ロベルト。貴方は王都へ戻ってちょうだい」
私は荷物を降ろしてくれた御者のロベルトに、報酬の金貨袋を渡した。
中身は相場の三倍。口止め料と退職金込みだ。
「お嬢様……本当に、お一人で大丈夫なのですか? ここは貴族の住む場所では……」
「大丈夫よ。むしろ、誰も私に干渉してこないこの場所こそが理想なの」
私はフードを目深に被り、ニヤリと笑った。
ロベルトは少し寂しそうに一礼し、空になった馬車と共に去っていった。
さて、と。
私は目の前にそびえる建物を見上げた。
かつて商家が倉庫として使っていたという、石造りの二階建て。
壁には蔦が絡まり、窓ガラスは割れ、扉は蝶番が外れかけている。
いわゆる幽霊物件だ。
これを私は、代理人を通じて格安で購入しておいた。
「普通なら、住めるようになるまで一ヶ月はかかるでしょうね。普通なら」
私は錆びついた鍵を指一本触れずに解錠し(内部構造を魔法で分解した)、中へと足を踏み入れた。
中は酷い有様だった。
長年の埃が雪のように積もり、隅には巨大な蜘蛛の巣。
床板は腐りかけ、カビ臭い湿った空気が充満していた。
だが、私の目には『可能性』しか映っていない。
「よし、やるわよ。これからの私の安眠のために」
私はコートを脱ぎ捨て、腕まくりをした。
いや、実際に手は動かさない。動かすのは魔力と脳ミソだけだ。
「起動、並列処理」
指先から淡い光が溢れ出す。
前世の記憶にある、オブジェクト指向プログラミングの概念を魔力に乗せる。
私の魔法は、一発撃って終わりの攻撃魔法とは違う。持続し、管理するシステムなのだ。
環境定義、開始。
対象、建物内部全域。
『洗浄』――出力最大、持続属性付与。
『修復』――対象素材:木材・石材。形状記憶復元。
『乾燥』――湿度40%固定。
『防虫』――全害虫、及び微細なダニを排除。
「実行!」
パチン、と指を鳴らす。
ドォォォォン!!
音にならない魔力の波動が、爆風のように室内を駆け抜けた。
一瞬だった。
視界を埋め尽くしていた埃は粒子レベルで分解され消滅。
腐りかけていた床板は時間を巻き戻したように飴色の輝きを取り戻し、割れていた窓ガラスは破片が集まり元通りに。
カビ臭さは消え、代わりに新築の木材のような清々しい香りが満ちる。
「……ふぅ。進捗率100%。完璧ね」
私はピカピカになった床の上を滑るように移動した。
靴裏の泥すら、床に触れた瞬間に分解される設定にしてある。
つまり、ここは無菌室並みに清潔な空間なのだ。
「次は家具の展開」
私は収納魔法を開いた。
実家から回収してきた『私物』たちが、次々と虚空から現れる。
ふかふかのソファ。
全自動でお湯が沸く魔導ポット。
自動でページをめくってくれる読書スタンド。
そして、実家の地下倉庫から「廃棄予定(という名目で)」くすねてきた、最高級のコーヒー豆と茶葉の樽、三十個分。
これらが所定の位置に収まると、殺風景な倉庫が一変した。
一階は広々としたラウンジ風に。
二階は私のプライベート空間(聖域)だ。
「さて、問題は収入源だけれど……」
私は一階のフロアを見渡した。
資金はあるが、一生遊んで暮らすには心許ない。
かといって、あくせく働くのは論外だ。
店員を雇うのも、教育やシフト管理という地獄の業務が発生するから却下。
結論。
私が何もしなくても、勝手にお金が入るシステムを作るしかない。
「ここをカフェにしましょう。ただし、店員はゼロ」
私は一階の入口付近に、大きな箱を設置した。
『自動徴収箱』だ。
規定の銀貨を入れると、ゲートが開く仕組み。
そしてカウンターには、魔導ドリンクサーバーを並べる。
裏のタンクには水魔法で精製した純水、そして豆と茶葉は自動供給されるよう配管を繋いだ。
客は勝手に入って、勝手に金を払い、勝手に注いで飲む。
完全セルフサービス方式だ。
「でも、ここは荒っぽい騎士団領。食い逃げ対策は必須ね」
私はニヤリと笑い、出入り口に凶悪な条件付き結界を張った。
『IF、代金を支払わずに退店しようとした場合』
『THEN(その時)、最大出力の麻痺魔法を発動し、警備団へ通報する』
慈悲はない。私の平穏を乱す者には制裁あるのみだ。
ついでに付加価値もつけておく。
店内のソファや椅子すべてに、『微細振動』機能と、衣服の汚れを分解する『緩やかな洗浄』機能をインストール。
室内の空気には『疲労回復』効果のある微量な魔力ミストを散布する。
「よし、これなら『休憩所』として使えるでしょ」
我ながら完璧な設計だ。
掃除不要。接客不要。調理不要。防犯完備。
私は二階で寝ていて、時々集金箱の中身を回収するだけでいい。
店の名前は……適当に『カフェ・アトリエ』でいいわ。
看板も魔法でちゃちゃっと作って、外壁に貼り付けた。
「開店準備、完了」
時計を見る。
到着からまだ一時間も経っていない。
さすが私。サボるための労力は惜しまない女。
どっと疲れが出た。
魔法を一気に使いすぎたせいで、魔力欠乏(ガス欠)寸前だ。
猛烈な眠気が襲ってくる。
「……寝よ」
私は二階へ上がり、愛しのベッドへダイブした。
ふわり、と雲のような感触が私を受け止める。
布団が自動で適温になり、枕が頭の形に合わせて沈み込む。
「んん……最高……」
窓の外では北風が吹き荒れているが、結界の中は常春の暖かさだ。
ここには私を罵る王子も、仕事を押し付ける父親もいない。
静寂と、清潔さと、惰眠だけがある。
「おやすみ、世界……」
私は泥のように眠った。
まさか、この店が放つ異様なまでの『清潔なオーラ』が、薄汚れた灰色の街で、月のように白く発光して目立っていることなど露知らず。
そして、泥と血にまみれて帰還した騎士団長が、その「異常な光」に蛾のように吸い寄せられていることにも、気づくはずもなく。




