第2話 天才魔法使いは生活能力が壊滅的でした?
ドッカーーーーーン!!!
爆音と同時に、アリエスは飛び起きた。
「っ!? え、何事!?」
耳に残る衝撃音は、どう考えても近い。
いや──同じ敷地内だ。
慌てて庭へ飛び出すと、中心部の芝生に黒く焦げた物体が一つ。
そしてその横で、杖をぶんぶん振り回している人物がいた。
「……フレア様?!」
「おー、アリエス! おはよー!」
「おはようじゃありません!これは……一応お聞きしますが……何をやらかしたんです?」
「パイを焼こうと思ったのよ〜」
「……パイ?」
目の前の“黒い残骸”が、どうやらその成れの果てらしい。
パイの原型は神の領域でも復元できなさそうだが。
「この間、母様と色々あったでしょ? だから、ミリアにパイ作ってあげようと思って〜。あの子、フルーツのパイ好きだし!」
「気持ちは分かりますけど……なんで庭で? ていうか、フレア様ってパイ作れるんですね。ビックリです」
わざと大袈裟に言うと、フレアはぷーっと頬を膨らませた。
「えーアリーってば、私のこと見くびりすぎじゃなーい?」
フレアは気分でアリエスの呼び方を変える。
アリエス、アリー、アーちゃん、アリリン……今はアリーらしい。
好かれているのは分かる、分かるのだが。
「最初はね、ちゃんとキッチンでやってたわよ? でも、オーブンでちまちま焼くの時間かかるじゃなーい? だから──」
「だから庭でドッカーーーーーンって? アホなんですか?」
「あ! ひどっ! 今のはひどーい! あぁ〜傷ついた〜〜!」
今度はフレアが大袈裟に嘆きだす。
朝から騒がしいのはいつものことだ。
「はいはい、分かりましたから。この残骸は片付けますよ。パイならミリア様が美味しいの作ってくれますって」
「……そうね〜♡ ミリアの料理は美味しいから〜……って、そうじゃなくてーーー!!」
アリエスはフレアの抗議を軽くスルーしてさっさと戻り始める。
「全く……なんでフレア様みたいな人がエリオット様達の勇者パーティに入れたのか、いささか謎です」
「えー? アーリン、なんか最近、私の扱い雑になってなーい?」
「当然でしょう! 普段はすごくカッコイイのに、実はこんなポンコツとか……ギャップが勿体なさすぎます」
「え?! カッコイイ? 私? カッコイイ??
いや〜やっぱり分かる人には分かっちゃう感じ? オーラが違うっていうかぁ〜?」
「前言撤回。フレア様はただのポンコツです!」
アリエスは肩をすくめて続けた。
「朝っぱらから爆発音なんて、ご近所迷惑にもほどがあります!
あとで謝りに行きますからね!」
「はーーーい……」
しぶしぶ返事をするフレア。
また母に“再教育”を頼むべきかもしれない。
(勇者パーティで各地を巡っていた頃は、あんなにも凛々しくて頼もしかったのに……このポンコツぶりは何なんだろう?)
そんなことを思いながらも、アリエスはわずかに笑った。
キッチンへ戻ると、いつの間にかミリアが起きていた。
テーブルの上には、三人分の朝食がすでに用意されている。
言うまでもなく、ミリアの手によるものだ。
「今度は何をやらかしたの、姉さん?」
(勇者パーティにいたの、実はフレア様じゃなくてミリア様なんじゃ……)
そう思ってしまうほど、ミリアはしっかりしている。
――いや、しっかりしすぎていると言った方が正しいかもしれない。
「ミリア様、おはようございます。フレア様ってば、お庭でパイを焼いたんですよ」
「おはよう、アリエス。……ところで、パイって庭で焼くものかしら?」
わざとらしく首を傾げるミリア。
「まぁまぁ、いいじゃない、そんなことは〜」
そう言いながら、ちゃっかり席について一番に食べ始めようとするフレア。
「それより聞いてよ、ミリア!
アリエスってば、私のことカッコイイって言ったのよ〜!」
「ち、違います! それは勘違いというか、気の迷いというか……!」
「はいはい、認めたくないこともあるわよね〜」
慌てるアリエスに、フレアは楽しそうにちょっかいを出す。
その様子を見ながら、ミリアはくすりと微笑んだ。
そして、何か思いついたように静かに言う。
「アリエス、姉さんはね、カッコよくないわけじゃないのよ」
「でしょでしょ! 言ってやってーー!」
ミリアはフレアをちらりと横目で見て、にやりと笑う。
「姉さんは、カッコよくないわけじゃなくて——
カッコよく見えるように、カッコつけてるだけで、
本当はただのポンコツなのよ」
「…………」
「なにそれーーー!!
妹だからって、言っていいことと悪いことがあるんだからねーーー!?」
「……ぷっ……あはははは!」
「あはははは!」
「ちょっと! ミリア! アリエス!
何笑ってるのよーー!!」
「……そういうところですよね」
こうして、また騒がしい一日が始まる。




