夏空の下で笑う影
私は夏休みを楽しんでいた。
すーちゃんとほぼ毎日遊んで、こう思いました。
(……私…やっぱ……青春してね?……)
公園で一緒にかき氷を食べて、プールで水を掛け合って、夕方になればカズミも連れて公園で花火をした。
笑い声ばかりの夏休み。
まるで、あの日のことなんて全部夢だったみたいに。
今日はみんなで海に来ている。
浜辺には意外と人がいてみんなかわいい水着を着ていた。
「みんな水着かわいいねぇ」
「そうかな……ありがとう、すーちゃん……あの一つ聞いても良い?……」
「なになに?。なんでも聞いて良いからね」
「なんでスク水?……」
そうすーちゃんはスク水を着てきたのです。
すーちゃんは肩紐を引っ張りパチンと離して。
「これしか持ってないんだよね……。でも水着だから良いでしょ?」
「もういいから泳ぎたい!」
カズミはそう言って海に飛び込んだ。
私はカズミの後を追うように足を海に入れた。
ひんやりしてて、砂の熱さでじんわり火照った足を冷ましてくれる。
「わぁ〜! つめたっ!」
思わず声が出てしまうと、すーちゃんは嬉しそうに笑った。
「風海ちゃん、油断してるとこうなるよ〜!」
そう言って、すーちゃんは手で水をすくい、私に思いっきりかけてきた。
「きゃっ! ちょ、冷たいよ!」
「ふふふっ、仕返しどうぞ〜」
「じゃあ遠慮なく!」
私も水をすくい、すーちゃんに向かって掛け返す。
気づけば私たちは本気で水を掛け合っていて、カズミは沖の方で浮き輪にぷかぷかと揺られながら「姉ちゃんたち子どもだねぇ!」と笑っていた。
しばらく遊んだあと、疲れて砂浜に寝転がった。
夏の太陽はまだ高くて、まぶしさに思わず目を細める。
波の音が心地よくて、体が沈み込むみたいだった。
「……ねぇ風海ちゃん」
「ん……なに?」
「こうして遊んでるとさ……ほんとに、夢みたいだよね」
すーちゃんがぽつりとつぶやいた。
その横顔はいつもより少し寂しそうで、どこか遠くを見ているみたいだった。
「夢じゃないよ。だって、ちゃんとここにあるし」
私はそう返したけど、すーちゃんは小さく笑っただけで、何も言わなかった。
潮風が吹き抜け、髪が頬にかかる。
私は何気なく空を見上げた。
……青すぎる空が、なぜか胸の奥をざわつかせた。
「あ、そうそう風海ちゃん。私明日から遊べなくなるから」
すーちゃんが突然、そう言ってきた。
「えぇ〜すーちゃん遊ばないのぉ〜。お姉ちゃん寂しくてないちゃうよぉ〜?」
「泣かないよ!」
すーちゃんは笑った。
けれど、その笑顔はいつもの明るさとは少し違って見えた。
「じゃあ、なんで急に遊べなくなるの?」
私は思わず問いかけていた。
すーちゃんは砂浜に小さな穴を作りながら、視線を落としたまま答える。
「……ちょっとね。やらなきゃいけないことがあるんだ」
「やらなきゃいけないこと?」
「うん。だからしばらくは風海ちゃんたちと遊べないの。……でも、夏休みが終わる前には、また会えるから」
そう言うと、すーちゃんは急に立ち上がり、海に向かって両手を広げた。
「ほら、夏はまだまだ終わらないんだから! 楽しまなきゃ損だよ!」
その声に、カズミが浮き輪に揺られながら「おー!」と返す。
でも私の胸の中には、さっきのすーちゃんの言葉が重く沈んでいた。
(……夏休みが終わる前には、また会える……?)
それはまるで、最後の約束みたいに聞こえてしまって。
私は小さな不安を抱えたまま、笑顔を作るしかなかった。
そして次の日から、本当にすーちゃんは来なくなった。
最初は体調でも崩したのかと思った。
けれど連絡もなく、家に行っても会えない。
気づけば私は、机に向かって黙々と宿題をするしかなくなっていた。
シャーペンの音だけが響く、静かな部屋。
窓の外は、あんなにまぶしかった夏空が、今日はやけに重たく見えた。
カリ、カリ、と文字を書き連ねていると、ふいにチャイムの音が鳴った。
(……すーちゃん?)
そう思って玄関に出ると__
そこに立っていたのは、コスプレ衣装に身を包んだ琴音だった。
「……こ、琴音? なにその格好……」
琴音はわざとらしくポーズをとり、にかっと笑った。
「やぁ転校生、宿題は終わったのかい?」
その声は明るかった。
けれど笑顔の奥で、ほんの少しだけ震えているように見えた。
私は無意識に「大丈夫?」と声をかけた。
琴音は腕を抱えてながら「大丈夫って言えたらいいのかな……」と言った。
「とにかく私のことは気にしないでくれ、それより転校生の妹ちゃんに合わせてくれるかな?」
「わ、わかったよ。カズミ呼んでくるね」
私はそう言ってカズミのいる部屋に向かった。
「カズミ〜ちょっときてくれる?」
「えぇ〜、暑いから動きたくないー」
カズミはそう言ってダラダラしている。
「じゃあ友達を呼んでくるね」
「え、マジ?」
「マジだよ」
私はそう言って琴音のいる、玄関に戻った。
「琴音ごめん、カズミが動きたくないって駄々こねて部屋から出てこないから上がっていいよ」
「本当?。じゃあお邪魔します」
琴音はそう言って軽くお辞儀をして靴を脱いで靴の踵を揃えて家に上がった。
「琴音って礼儀正しいね」
「そう見えるのかい?。私は当たり前のことをしてるだけさ」
そして部屋に向かい、階段を登る。
「ここが転校生の妹ちゃんの部屋?」
「あ、まぁそうかな……」
「へー、入ってもいい?」
「いいよ……」
私がそう言うと琴音は扉を開けて部屋に入った。
部屋に入るとカズミが床に寝転がりダラダラしながら琴音を見つめ「だれ?」と呟いた。
「私は三輪琴音。気軽に琴音と呼んでくれ」
「わかったけど本当にお姉ちゃんの友達なのぉ〜?」
カズミは琴音を怪しげな表情で見る。
「友達さ……友達……」
琴音は一瞬暗い表情をするものすぐに笑顔を作る。
「っさ、妹ちゃん。3人で何かしようか」
「え、何するの?」
カズミは警戒した様子でそう言った。
「うーん、どうしようか。そういえば転校生、夏っぽいことはしたかい?」
「え、水遊びとか?……」
「花火はしたのかい?」
琴音はそう言ってどこかに隠し持っていた、手持ち花火を取り出す。
「一緒にやらないかい?」
「え、でもまだ昼間だよ?……やるならもう少し暗くなった方が……」
「確かにそうだね。じゃあ転校生が前言ってた人生ゲームでもやらない?」
「私はいいけどカズミは?」
「お姉ちゃんがやるなら私もやるよ」
そして風海が「わかったよ」と呟き、押し入れにある人生ゲームを取ってきた。
「じゃあ、始めようか」
琴音が箱を開けると、少し古びた人生ゲームのボードが出てきた。
色あせたマス、擦り切れたサイコロ。
どこか、使い込まれたようなそれは新しいおもちゃにはない重さを感じさせた。
「うわ、懐かしいねお姉ちゃん!」
「うん。小さいころよく2人で遊んでたもんね」
「転校生……ちょっといい?」
「どうしたの琴音」
「ここのマスに交通事故で死亡、人生やり直しって書いてあるんだけど……」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ止まった気がした。
「そんなマスあったっけ……」
「まぁ、とりあえず始めようか」
琴音は最初にゴールを目指して軽やかに進んでいく。
「お、また給料マスだ。順調順調」
「いいなぁ琴音……私もう借金地獄なんだけど」
「お姉ちゃん、カードに破産寸前って書いてあるよぉ」
みんなで笑い合う。
けれど、風海のコマが止まるたびに、少しずつ不気味なマスに当たっていった。
『家が全焼』『職を失う』『大切な人と絶縁』
そんなカードばかりを引かされ、
最初は冗談混じりだった笑いが、いつのまにか薄れていった。
「……ねぇ琴音。これ、ちょっと変じゃない?」
「何が?」
「このゲーム、悪いことばっかり起きる……」
「大丈夫さ。人生は山あり谷ありって言うじゃないか」
そしてカズミのターン。
サイコロを振る手が震えている。
「……えいっ」
コマが進んで止まったマスには、黒い文字が書かれていた。
『事故で死亡。最初からやり直し』
「え……やり直し……?」
私は思わずわ声を漏らした。
夏の思い出は、どんなに明るくても、いつか終わりを告げる。
風海たちが過ごした“笑い声ばかりの夏”も、その例外じゃなかった。
すーちゃんが「夏休みが終わる前には、また会える」と言ったあの言葉。
あれは約束だったのか、それとも予告だったのか。
どちらにしても、彼女の笑顔の奥に隠れた影に、風海はまだ気づいていない。




