第5話 もしもストーリー/男の子が失恋していたら?
幼馴染に彼氏ができた。たったそれだけの事が、悲しくてたまらなかった。
初恋が終わった夜、俺は布団を被って泣いた。
女々しい自覚はある。
言えずに終わった臆病者だ。
記憶を盗む魔法使いがいればいい。
実らなかった初恋が忘れられない、あいつはもうただの幼馴染なのに。
ベッドの上で泣きながら呟いた。
「……好きだよ」
県外の大学に進んで一人暮らしを始めても、桜と一緒に散った初恋を未だに引きずっていた。
新緑が山々を彩り始めた頃、大学で知り合った友人に勧められたオススメの一曲を聞いた。
「有名な曲だよ。え、タイトル?Vanessa Carlton の A Thousand Milesだよ」
YouTube で聞いた瞬間、心を激しく揺さぶられた。
音楽に魔力があるのなら、魔法をかけられた。
I need you.
I miss you.
And now I wonder.
魔法が告げる、未練は、とうに消えている。
「 wonder」は、「wander」じゃないから、もう迷わない。
「wander」じゃないなら、「need」も「miss」もいらない。
初恋は、とっくに終わっていた。
If I could fall into the sky
「 fall 」の場所は、「sky」じゃない。
失恋は忘れられない思い出だけど、見上げれば夜空には星だ。
If I could just see you
もう「see」じゃないんだ。「just」はいらない。
魔法がとけて前を向く。あいつはもう、ただの幼馴染。
「クリエイティブ・ライティング(Creative Writing)のレポート、自作の物語だってさ。日本語も混ぜていいって言うけどさ、テストの方が、まだいいよな。尚瑠輝、書くもの決めた?」
「うん、もう決まってる。記憶を盗む魔法使いの話だよ。タイトルは、星の魔法使いルビー・ラル」
「へえ、面白そうだな。出だしは決めてんの?」
「うん、こうだよ」
Listen, Ruby Ral the Starry Wizard.
She is the only childhood friend for me.
If you could fly in the starry sky on the night of Full moon, I would like to come to steal my memory with that girl, tonight.
ねえ、星の魔法使いルビー・ラル。
あの子は、ただの幼馴染なんだ。
満月の夜に星空を飛べるなら、今夜、僕の記憶を盗みに来てよ。
「へえ、いいじゃん」
「おまえは?どうするの?」
「適当に書く」
「人のパクるなよ」
「バッカ、さすがにねーよ」
混雑を避けた遅めの昼食で、食堂はがらんとしていたが、不意に人の気配がした。
振り向くと、笠原桜が立っていた。
「あの、クリエイティブ・ライティング(Creative Writing)のレポートなんだけど……」
言い掛けて真っ赤になった。
真っ白いワンピースを握り締めた指が震えている。
俺が不思議に思った瞬間、目の前の友人が皿を持ち上げて立ち上がった。
「俺、用事あったわ。先、行くな。ごゆっくり~」
「おい、待て、残すなよ」
俺が言い終える前に、カレーをスプーンで掻き込んでトレーに乗せると、目も合わせず行ってしまった。
「はっ?」
俺の方は唐揚げ定食で、あと二つ残っている。席は立てない。
呆気に取られていると、笠原が目の前に立っていた。
「あの、ここ座っていい?」
「え、あ、うん」
特別仲が良いわけでも、席が近いわけでもない。喋った事もなかった。
内心困惑していると、向こうが先に口を開いた。
「私、物語書くの苦手で……何かアドバイス貰えないかな」
「え?何で俺に?」
不審に思う気持ちが顔に出たのか、笠原が慌てて訳を喋った。
「あの、聞こえちゃって。記憶を盗む魔法使いの話、面白そうだなって思ったから」
「ああ、それでか」
褒められて悪い気はしない。
「苦手な分野は誰にでもあるよ。恥ずかしがる必要なんてない」
励ましたつもりだったが、思い切り否定された。
「違う!恥ずかしかったのは、宮下君が好きだから!」
「え?」
驚いて見つめると、ぱっと目を逸らされた。耳まで真っ赤だ。
ごゆっくりの意味が、ようやく分かった。
でも、どう返せばいいか分からない。
「えーと、ありがとな」
とりあえず御礼を言ったら、やっと目を合わせてくれた。
恥ずかしげに微笑まれた時、終わった初恋を思い出した。
あいつの笑顔が浮かんで消えた。
切ない思いが顔に出てしまったのか、笠原が一瞬悲しげに微笑んだ。
何だか申し訳ない気持ちになって口を閉ざした時、あるシンガーソングライターの一曲が頭に浮かんだ。
今度は、好きになってくれる人を好きになりたい。
「……唐揚げ、食わねえ?」
「……いいの?」
「二つあるから」
「ありがとう」
唐揚げから始まる恋も悪くない。
あいつはもう、ただの幼馴染だから。
新緑が紅葉に変わる頃には、きっと俺の傍には君がいる。
予感がするから、その時は、ちゃんと伝えるよ。
「……好きだよ」




