断罪会場へようこそ
軽い感じの覚醒ざまぁです!
全7話予定。
──紅玉のシャンデリアが、昼の光を受けて、ゆらりと揺れる。
王立アルセイン学園の大広間。
本来ならば卒業式のあとの余韻に包まれるはずのこの空間には、妙な緊張が漂っていた。
貴族たちが整列し、見下すように視線を送っている先には、一人の令嬢がいた。
──エステル・フィンブレイズ。
銀糸のように艶めく長髪を、低めの位置でゆるく編み込んでいる。
ラベンダー色のドレスは流れるようなラインを描き、上品な刺繍がその身の品格を際立たせていた。
だがその美しさとは裏腹に、彼女の表情はどこかぼんやりしている。
──完全に空気を読んでいない。
「えっ? 今日って打ち上げじゃなかったんですか?」
そう言って、彼女は用意されたマドレーヌを一つつまんでぱくりと口に運ぶ。
「──エステル・フィンブレイズ! 貴様との婚約は、本日をもって破棄する!」
朗々と響いた声に、場がざわめいた。
声の主は王太子、ユリウス・グランディール。
燃えるような赤い外套に、黒髪を後ろに流した精悍な顔立ち。
いかにも王子然としたその姿に、場の視線は自然と集まる。
「なるほど……今日は“そっち”の回だったんですね……」
エステルはマドレーヌをもぐもぐしながら頷いた。
「言ってくださればよかったのに。昨日、“断罪会用の正しい立ち位置”ググりましたよ?」
「……!」
ユリウスのこめかみがぴくりと震えた。
「お前は常にそうだ。人の話を聞かず、努力もせず、学園生活の三年間、俺を散々振り回してきた!」
「えっ、わたし何かしましたっけ……。もしかして、“卒業試験の日に風船配った”件ですか?」
「そういうレベルの話ではないッ!!」
ユリウスの怒声に、周囲の貴族たちは小さく笑い声を漏らす。
「さすが“無能令嬢”。天然ってレベルじゃないわね」
「魔力測定ゼロ、学力最下位、運動もだめ。もう才能以前の問題よ」
「王太子妃だなんて、笑わせないでほしいわ」
──けれど、エステルは笑われていることにすら気づいていない。
のんびりと紅茶をすすりながら、ふと聞き返す。
「で、婚約破棄の書類って、どこにサインすればいいんですか?」
「……」
「親に送ったほうがいいですか? それともここで?」
その瞬間、ユリウスの顔が真っ赤に染まった。
「反省していないな……!」
だが、そこにすっと一人の令嬢が進み出る。
聖女──カトリーナ・セレスティア。
ふんわりとした金髪に透き通るような肌。
白を基調としたドレスには神聖文字のレース。まるで光をまとうような立ち姿だった。
「王太子様、どうかお心を痛められませぬように。この方は、自分がどれほど国を汚していたかも理解できないのでしょう」
「はあ……」
エステルは、紅茶のカップを置いて首をかしげた。
「わたし、そんなに迷惑かけてたんですかね。毎日ちゃんと掃除してたつもりなんですけど」
「王宮の一角の掃除じゃありませんわよッ!!」
「ですよね……」
やっと自分のズレに気づいたらしく、彼女は素直に頷いた。
──と、その時、聖女カトリーナが思い出したように言った。
「そういえば、退学手続きも進めておきましたわ。“王太子妃候補”としての立場を剥奪された以上、学園に在籍する資格はありませんもの」
「あれ……でも今日、卒業式じゃなかったでしたっけ?」
「え?」
「卒業証書、ちゃんともらいましたけど?」
「……」
ユリウスとカトリーナが同時に固まった。
──ざわっ、と周囲の空気が揺れる。
「卒業……? 退学じゃないの……?」
「ていうか、今日卒業式……?」
「えっ、わたしたちも卒業してる……?」
貴族生徒たちまで混乱しはじめる。
その中で、エステルはくるりと身を翻し、持っていた書類袋をひょいと掲げた。
「ほら、ちゃんと“卒業おめでとう”って書いてあります。なので……もう退学できませんわ〜」
「……!」
ユリウスの目が見開かれる。
そして、カトリーナの表情がぴくりと引きつった。
「では、あとは実家に帰っていただければ結構です。貴族社会に顔を出すことなど、ないでしょうから」
「実家かあ……羊の出産ラッシュやから、ちょうどいいかもしれませんね」
「羊……?」
「え、実家って、山の奥なんですよ。山羊と羊と鹿が一緒に生活してて……最近はカモシカも混ざってきてて、もう動物王国って感じで」
「なにその野性味あふれる令嬢実家!!」
エステルはそんな驚きにも気づかず、優雅にお辞儀をした。
「では皆様、ごきげんよう。婚約破棄も断罪も、ありがとうございました〜」
ドレスの裾を軽やかに持ち上げ、彼女は大広間をあとにする。
誰も彼女を止めることはなかった。
止める理由も、もうなかった。