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9新たな決意

 どうやらこの街は、大通りを外れたわき道に露店がいくつもあるようだ。チラリと顔だけでのぞいてみる。

 

 床に布を敷いてそこで物を売っている人もいれば、屋台のように簡易的な店として料理を売っている人もいた。


「おー、いろいろ売ってるな。帰りはこっちの道を通るか」


「きゅ!」


 キュイが同意するように鳴いた。こっちの道のほうが気になるようだ。


 まぁ、たしかにいい匂いがしている。チラッとのぞいたら、ホカホカの串焼きが売っていた。

 食べ歩きもできそうだし、祭りの屋台のような感じか。楽しそうだ。



 いったんは大通りを通って、街の様子を見ていく。ただ、時計台まで思っていたよりも距離がある。

 森をぬけるにも歩き回ったからか、そろそろこの肉体が限界を訴えてきている。


 ぜいぜいと息をしながら歩き続け、ようやく、目的地の近くまできた。


「はぁ、はぁついた……」


 運動不足のおっさんのような体力のなさだ。

 額の汗をぬぐって、首をそらして仰ぎ見る。


 あの光る玉は、見たことのない感じだな。

 ガラスっぽくもないし、ふわふわしててやわらかそうに見える。うーん、シャボン玉に近いか? ふわふわしている感じとか。

 見ていてると、また色が変わった。今度は無色透明だ。


 鐘の音が響き渡り、歩いていた人たちが塔を見る。


 やっぱりなにかあるんだよな。

 この世界の常識的ななにかが。


 そこでふと、塔の横に看板があることに気がついた。

 観光案内の看板だろうか?

 さっそく近づいてみる。文字は日本語ではなかったが、なんとなく読めた。


「えーっと、魔力予報塔……魔力予報?」


 聞き馴染みのない言葉だ。

 日本に魔力なんてないから当然だけども。


「どの属性の魔力が濃いかを知らせる塔。赤は火、青は水、黄色は光、緑は木、無色透明は無……」


 魔力自体に属性があるってことか?

 その属性の魔力が濃いと能力が使いやすいってことだよな。そりゃあ重要だ。


 待てよ。俺の能力は……無か?


 複製や製作系にあたるだろうから、これといった属性はなさそうだしなぁ。

 そういや、ここにきたとき、玉の色は無色透明だったか。相性のいい魔力の濃度が濃かったから、俺はホイホイ能力を使えたのか?


 もしそうなら、他の属性の濃度が濃いと、能力が使用しにくい可能性があるってわけか。


「けっこうややこしいな」


 このあたりのことは、一度キチンと調べたい。世界の仕組みだとか、能力についてだとか。


 ……けど。

 正直、もう疲労困憊だ。座りたい。とにかく尻を落ち着けたい!

 そろそろ休む場所を見つけるか。


「この街、けっこう栄えていそうだし、ここを拠点にするのはどうだ?」


 俺は腕の中で優雅にくつろいでいるキュイに声をかけた。


「きゅ!」


「お、いい感じか。なら宿でも探すか。いっそ家を借りれたらいいんだけどなぁ。ホテル代もバカにならないし」


 日本の感性が染みついているから、ホテル暮らしよりは賃貸暮らしがいい。異世界にもあるよな、賃貸。


 とりあえず宿を見つけて、いろいろ買いこんでまた明日散策にしよう。


 そうと決まれば、宿探しだ。ついでに露店にも行こう。


 キュイを抱えてまた道を戻る。今度は泊まれそうな宿を探しつつ、この世界の料理が食べられる店を物色。そして、気になっていたわき道へと入った。


「おー、こっちはかなり活気があるな」


 たとえるなら、さっきの大通りは高級店で、こっちは庶民の店って感じか。下町のようなにぎやかさがある。


 呼びこみの声がひっきりなしに聞こえていて、焼き物の香りがあっちでもこっちでも。


「美味そう! やっぱり肉だよなぁ。肉。異世界の料理はどんな味なんだ?」


 鉄板の上でじゅうじゅうと焼かれている串焼き一同。脂があふれて鉄板の上に広がり、いい香りを弾けさせながら、こんがりと焼き目がつけられていく。


 あぁ、腹が減ってきた。

 味なしハンバーガーしか食べてなかったからなぁ。


「へい、いらっしゃい! お兄さん、かっこいいねぇ! おまけしちゃうよ!」


 屋台お決まりのお世辞を受けて、ちょっと気をよくした俺はその店に近づいた。


 いやぁ、やっぱりお世辞でもかっこいいって言われると嬉しいよな。お、俺ってちょっとはイケてるかも?なんて思ったりして。まぁ、世辞なんだけどな。バレンタインにチョコを母親からもらうような感じだ。


「肉に種類はあるのか? おすすめがあれば、それが欲しい」


「はいよ! なら、マル豚の肩肉はどうだい?」


「じゃあそれで」


 あ、しまった。金。基本通貨の価値がわからない。


 俺は不自然ではないように、値段を聞く。

 記憶喪失がバレるとカモられるって、茶髪のおっさんが言ってたからなぁ。


「……ちなみに、おいくらです?」


「銅貨3枚だよ!」


「銅貨3枚……」


 銅貨は持ってなかったよな。

 地球と同じなら、銅、銀、金の順に価値が高いと思うんだが……。とりあえず、あらかじめポケットに入れていた銀貨1枚を取り出す。


「すみません、今銀貨しかないんですけど、大丈夫ですか?」


「おやまぁ、そうかい。いいよ! なら、正銅貨1枚と、銅貨47枚だね。ほら、ちゃんと確認しなよ!」


 手渡されたのは、正方形の銅貨1枚と、円形の銅貨が47枚。なるほど、この正銅貨ってのが、50円玉と似たような価値を持ってるのか。


 さすがに串焼が30円ってことはないだろうから、日本円に換算するとおおよそ300円ってとこか?


 考えていると、焼きたてホカホカの串焼きが出てきた。いい焼き加減で、見てると腹が減ってくる。さっそくかぶりついた。


「うまっ!」


 やわらかくて臭みがない。いい感じの塩加減で、噛めば肉汁が口の中で洪水になる。

 四つのうち上の二つをバクバクと食べ、視線を感じて手を止める。キュイだ。


「ほらよ、おまえの分。食えるのか?」


「きゅ!」


 まぁ、魔獣らしいからたぶん平気か?

 キュイが肉にかぶりついた。


「おや、その子お肉が食べられるのかい。かわいい子だねぇ。ペットかい?」


「あぁ、はい。キュイって言います」


「きゅ!」


 キュイはかわいらしく右手を上げて、店員のおばさんに愛嬌サービスをした。


「きゃー! かわいい、かわいいねぇ! キュイちゃんって言うのかい? おばさんの家にくるかい?」


 おいおい、どさくさに紛れてなにを言ってるんだ。


 おばさんは、店番を放置してこちら側に駆け足でやってきた。店はいいのか。

 そして、腰につけていたエプロンで手を拭くと、キュイの頭を触った。わしゃわしゃとなでて、耳のあたりをかく。


 知らない人に触られると噛みつく犬がいたなとヒヤヒヤしながらキュイを見たが、キュイは満更でもなさそうに「きゅ〜」と甘えた声を出している。


「かわいいねぇ、この子はなんていう種類なんだい?」


「あー、キュイは……」


 説明しようとしたそのとき、おばさんの手がキュイにかけられたいたペットサングラスに触れた。

 俺が雑に能力で作ったものだったから、簡単にサングラスはズレ、キュイの目があらわになり、おばさんは固まる。


「赤い目……?」


「きゅ?」


「ひぃぃ! この子、魔獣だったのかい! それならそうと早く言っておくれよ! あぁ、触っちまった。私の手、溶けたりしないだろうね!?」


 その代わり身の速さに、俺は唖然とした。


「いや、俺抱いてますし。そんなことはないかと」


「もういいよ、早くあっち行っとくれ!」


 途端に眉を上げたおばさんに追い払われる。


「……きゅ」


 キュイが目に見えて落ちこんでしまっていた。


 それから俺は簡単に食べ物を買い漁ったが、どこでどう噂が回ったのか、冷たい目で見られることが多かった。


 そして、宿も見つからず、日が暮れはじめ、太陽が沈んでいくのを、人通りのない裏路地の階段に腰かけて眺めていた。


 買ったチキンをキュイと分けたが、キュイは耳をペタリと下げたまま口をつけようとしない。


「落ちこむなよ。悪かったよ。俺、魔獣のことくわしくないから、ちょっと軽く考えてた。嫌な思いさせて悪かった」


「きゅぅ〜」


 キュイがズーンッと効果音がつきそうな勢いでうな垂れる。

 キュイの前に置かれているチキンの湯気が消え、虚しく冷めていった。


「あのさ。つい一緒に連れてきちまったけど……帰りたいか? 自然に」


「……」


 キュイはしばらく沈黙していたが、やがて力なく首を横にふった。


「きゅ、きゅきゅきゅ、きゅ〜」


「すまん、まったくわからん」


「きゅ!」


 キュイが顔を上げて、不満そうにうろんな目を向けてきた。


 キュイがいたら、この街で暮らすのは難しくなるだろう。でも、連れてきたのは俺だしな。

 おまえがいると大変だからやっぱり止めた、と捨てるのはあまりにも薄情じゃないか。

 ペットを捨てるのは、日本人魂が宿ってる俺としては禁忌だ。


 それに……また、周りの人間の意見にふり回されて生きるのか?


 一度死んだとき、あんなにも後悔ばかりだっただろ?


 やりたいことをやっておけばよかったと。



「……もし、一緒にいられる方法があるなら、ついてくるか?」



 キュイが勢いよく顔を上げた。

 その赤い瞳はキラキラと輝いている。


「きゅ!」


 いいじゃないか。

 二人でのんびり暮らせば。

 どうせ異世界。仕事もないしな。


「よしわかった」


 手に持っていたチキンにかぶりつき、そのまま反動をつけて立ち上がる。

 夕日がキラキラと輝いていた。


「二人で暮らすか! どこか、郊外に家を買って、ひっそりのんびり。俺の能力があれば、たいていの生活はなんとかなるだろうから」


「きゅ! きゅきゅきゅ〜!」


 キュイが小さな羽でパタパタと俺の周りを飛び回る。そして、ゆっくりと頭の上に乗っかった。


「重いな」


「きゅきゅきゅきゅきゅきゅーっ!」


「なんか怒ってることはわかった。すまん」


 頭に噛みつかれそうな気配を感じて、素早く謝罪をする。社畜に染みついている高速謝罪スキルだ。こんなとこで役立つとは。


 まぁ、のんびり異世界。

 自給自足生活も悪くないよな。


「まずは家を探すか!」


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