6異世界、やべえ
キュイの体を何度か石鹸で荒い、水で流してとくり返すと、キュイは見違えるように綺麗になった。
白い毛は、かすかに発光しているように感じるし、石鹸でわしゃわしゃと洗ったにも関わらず、シルクのように滑らかな毛質。
まだ濡れている今は、コンディショナーをこれでもかというほど塗りたくったみたいに、つるんっとしている。
これはもしかして、どこかしらの金持ちに飼われていた動物なんじゃないか?
「キュイ、おまえ、飼い主はいないのか?」
「きゅう?」
キュイは小首をかしげ、そして、右前足でビシッと示した。俺を。
「俺の前に、飼い主とかいなかったのか?」
「きゅい」
キュイは首を横に振る。
いないってことか?
「野良だったのか? あー、野生、この辺でひとりで生活してたのか?」
「きゅ、きゅ~~、きゅきゅきゅ、きゅっ、きゅきゅうっ!」
……わからん。
なにかを必死に説明しようと試みているようだが、俺がキュイの言葉がまったく解読できない。
というか、キュイはバイリンガルか。俺はこのよくわからん言語しか話せないが。
しかたない、ひとつずつ聞くか。
「ひとりだったのか?」
「きゅ」
「もとの家は?」
「きゅ~~」
キュイはキョロキョロと辺りを見回し、後ろのほうを示した。
「向こう?」
「きゅ~」
「……わからないのか」
「きゅ」
なるほど。だいたいわかった。
キュイは今はひとり……いや、一匹。もとの家はここにはない。迷子になって怪我をしていたとか、そんなとこか。
「前に飼い主はいない」
「きゅ」
「怪我は? 襲われたのか」
「きゅ」
「オーケー、わかった。最後に聞く」
俺が真顔になったからか、キュイはピシっと体を伸ばし、目を険しくさせた。
「おまえ、病気を持っているか?」
「……きゅ?」
◇
とりあえず、健康体らしきキュイを腕に抱え、森を歩く。
一応、爪も綺麗に荒い、口は水でゆすいでもらった。言葉がわかると便利なもんだ。
「街はこっちか?」
「きゅ」
うなずいたキュイの指示に従って森の中を歩く。
あっているのかわからないが、俺はもっと土地勘がないからな。先輩に当たるキュイに従って、この樹海をぬける作戦だ。
そのおかげか、獣だか人だかは不明だが、往来があるようで草木があまりない道に出て、幸先はいい。
今のキュイは、どこかの王族の猫のように光り輝いている。肩にファー付きの赤いマントをかけ、王冠をかぶせたいくらいだ。
絶対に似合う。
キュイは羽は生えているが、見た目は猫に近い。大きさは頑張れば肩にも乗れそうなくらい。全長20センチくらいか?
ティッシュ箱くらいの大きさだ。伸びたらもっとデカそうだが。
重さはたぶん3キロ程度。
首周りの毛が一番ふわっふわしていて、色も違う。背中の羽は、羽というより毛だった。どういう風に飛ぶのかはよくわからない。
キュイを綺麗にしたあとに、俺も水と石鹸で簡単に体を洗い、ついでに新品の黒Tシャツと黒の長ズボン、靴下、スニーカーとリュックを出した。
リュックはチャックの開閉がイマイチだったので、5回ほど作り直した。今リュックには不良品のリュックが4つ眠っている。
そして、この作り直しの過程で気がついたが、スキル使用は疲労に関係するようだ。MPみたいなものかもしれない。
ステータス画面があったなら、俺のMPが削られていくのも見えただろうが、生憎とそういうのはないので、ぶっ倒れないよう気をつけなければならない。
それに、今の俺は、かなりガリガリの青年だからな……。
キュイより先に、自分の健康を考える必要もありそうだ。
森を歩き続けること、体感時間1時間。かなり歩いた気がするが、どうなんだ。街はまだなのか。
「きゅっ?」
「どうした?」
突然、キュイが上を向いた。耳がひょこひょこと動いている。
「きゅきゅきゅ!」
なにかを懸命に話しながら、キュイはビシッと左を示した。疑問に思いつつ移動すると、どうやら大木を示しているようだ。
「木がどうかしたか?」
「きゅ、きゅきゅ、きゅっ!」
キュイが空を飛んだ。
俺のちょうど肩くらいの高さで、小さな羽をパタパタと動かし、前足で俺の背中を押す。
「な、なんだよ。ここにいろって?」
「きゅ」
よくわからんが、木の後ろに隠れろと言いたいようだ。
とりあえず指示通り、大木の後ろに隠れる。一応用心してしゃがみこみ、草むらにも隠れてみた。
黙って様子をうかがっていると、騒々しい音が聞こえてきた。
音……羽音か?
上空から聞こえる。視線上に向けるが、生い茂る葉でよく見えない。
地面に影ができた。
俺の体をすっぽり覆うような、巨大な影。
鳥……にしてはデカい気がするが。影だしな。
と思いつつも、影の異様な形が気になる。頭部に長い角のようなものが2本。尾羽にひらひらとしたかざり紐みたいな5本。鳳凰か? 昔なにかの絵で見た鳳凰は、ひらひらした尾羽が複数あった。
それに似ていると言えば似ている。
と考えていたら、その影はどんどんデカくなっていき、ズゥンッと地響きをともなって着陸した。
周辺の木々が大きくゆれ、葉を落とし、耐えられなかった若木は力尽きたように倒れた。
さいわい、俺のいた大木は頑丈で葉が落ちただけですんだ。
俺は木の陰からそっと盗み見て、体を硬直させる。
おいおいおい。
冗談だろ。
なんだ、アレは。
さっきまで俺たちが歩いていた道、ざっと横幅二メートルはあったはずだが、そこに羽を畳んで窮屈そうにしているバカでかい鳥がいた。
いや、あれを鳥と呼んでいいのか。ワシや鷹よりも大きい。もう恐竜の域だ。プテラノドンとかの翼竜なみだ。見たことはないが。
はるか昔に、博物館で恐竜の全身骨格標本を見たことがあるが、そのときと同じデカさに感じる。
息を殺し、一切の行動を止め、気配を消す。
頼むからこっちに気づいてくれるなよ。
心の中で祈る。
心臓だけは、ドッドッドッドと緊張に速い鼓動を刻んでいた。
そのバカでかい鳥は、なにかを探すように左右を見て、地面のあたりに顔を近づけ、「おかしいな?」とでも言うかのように首をかたむけ、そして……。飛び立った。
バサッバサッ。
翼の音が聞えなくなるまで、微動だにせず、呼吸も止める。だんだん苦しくなってきて、それでも限界まで耐えきって、ついに、ぶはぁぁーっと息を吐きだした。
背中は冷や汗でぐっしょりだ。
額の汗もすごい。見慣れない銀色の髪が張りついている。
それにしても、なんだアレは。生きた心地がしなかった。また死んだかと思った。
「キュイ、今のは?」
「きゅきゅきゅきゅっ」
「聞き方が悪かった。今のは、鳥か?」
「きゅーう」
キュイは首を横に振った。
違うらしい。
「位置からして、俺たちを狙ってたのか?」
俺はチラッと、さっきの巨大生物がいた場所を見る。
思いっきり、俺がいた場所なんだよなぁ……。
「きゅ」
キュイはうなずいた。
マジか。俺はあの鳥からしたらミミズや虫と同じような存在だったのか。まぁ、大きさ的にちょうどいいもんな。
って、この世界、やべえ……。
「おまえ、助けてくれたんだよな。さんきゅ。おかげで生きてる」
「きゅい!」
機嫌よく鳴いたキュイを再び腕に抱えて、今度は人が通るだろう綺麗な道ではなく、背丈の高い草が生えている中を歩く。一応、離れすぎないよう、さっきまでの道と並走するように気をつけつつ進む。
あの歩きやすい道、よく考えたら視界がいい分、危険でもあるんだよな。
今のところあの鳥にしか会っていないが、他にも危険な生きものはいそうだ。異世界だし。
歩いていると、額を汗が伝っていく。この細い体、もうちょっと体力が欲しかったな。
今の気候は、日本の夏よりやや涼しいくらいで、28度前後といった感じか。
春か夏あたりに分類されるだろう。冬に薄着で倒れていなくて本当によかった。
水で体を洗うのも苦行になっていただろうからな。
キュイの指示に従って歩き続けること、体感時間2時間越え。
「……は、はぁっ……街か……?」
ようやく、開けた場所に出た。視線の先には、周囲を高い鉄製のような柵に囲まれた街。
街だ。人がいる。歩いている。
思ったより、発展してるな。
異能がある世界だからか?
見たことのないものが多々目につくが、そんなことよりも……。
「着いた……。異世界の街!」