2スキル
俺の声のはずなのに、俺の声ではない。
なにを言っているのかわからないが、俺なのに俺ではない!
「ちょっと待て……どこなんだ? ここは」
ゆっくりと体を起こしてみる。
全身がズキンッと痛んで、思わず顔をしかめる。
痛い、が、わき腹ではないな。俺は右のわき腹をかなり深く刺されていたはずだが……。
上体を起こして地面に座り直し、自分の体を見下ろす。すり切れた白いシャツ。黒いズボン。靴は……ないな。
腕はかなり細い。それどころか、あちこちにあざがあり、皮膚も擦りむけている。
何日も食べていない遭難者のような身なりだ。
恐る恐る、ぺらっとシャツを捲ってみる。
……ない。
刺された傷跡が、どこにも。
というか、体もかなり細い。あばらが浮き出ている。俺も何日も働き詰めで酷い食生活を送っていたが、あばらが浮き出るほどではなかった。
「なにが起きたんだ? いや、そもそも、俺はだれなんだ……」
記憶喪失なわけではないはずなのに、記憶喪失者のようなセリフ。
ふと、自分の前髪の色がおかしいことに気がつく。
「……白い? まさか……一気に白髪になったのか!? いや、落ち着け、よく見るんだ。これは白髪というより──銀髪?」
いや、そのほうがおかしいだろ。
銀髪ってなんだよ。
俺は日本人だぞ?
まだストレスで一気に白髪になったのほうが説得力がある。
「……なにが起こってるんだ……」
途方に暮れつつ、自分の顔が見たくて鏡を持っていないかとズボンのポケットを漁る。
すると、いくつかの所持品が見つかった。
立派な腕章のような黒い布と、小銭……いや、金貨か? 金色に輝いているコインの中心には、天使の羽根を生やした長い髪の女性が、手をクロスさせながら胸に手を当てている姿が彫られている。
「見たことないな。メイプルリーフ金貨、ブリタニア金貨……いや、どれもこんな掘りではなかったはずだ」
他にも持っていないか調べてみたが、持っていたのは、金貨8枚、銀貨2枚、腕章、短剣のみだった。
金貨の価値もわからない。
今の俺は金持ちなのか貧乏なのか。
いや、金なんてあったってどうしようもない。そんなことよりも──。
「水……」
そう、水だ。
喉の渇きが酷すぎる。
携帯食料も水もなしにこんな樹海を彷徨うなんて、正気の沙汰じゃない。
俺はふらつく足でなんとか立ち上がる。
立ち眩みもしたが、それよりも水だ。水。とにかく水。蛇口を捻ればいつだって綺麗な水が出たあの生活が、どれほど恵まれていたのか。
やみくもに探しても意味がない。
これだけ木が生い茂っているのだから、どこかしらに水源はあるはずだ。
まず周囲を警戒し、動物がいないか確認する。熊に遭遇したら終わりだからな。
そして、水の音が聞こえないか耳をすませた。目を閉じ、耳に意識を集中させ、水の音を探す。
ザアアア──。
木々の擦れる音が聞える。
ほかには、かすかに鳥の声。
ああ、いいな。落ち着く。そういや、こんな自然の中に来たの、いつぶりだろう?
来る日も来る日も電子機器の音と電車の音、そして人の話声ばかり耳にしていた。
こうして自然に包まれていると、心身ともに安らいでくる。
水、飲めそうな水。
川の水でも池でもいいが、雑菌が気になるな。
やっぱり、一番は天然水だよな。コンビニで売っているような、冷たくて清潔なペットボトルの水。キンキンに冷えたミネラルウォーター。
あの透明感、喉を潤す感覚……。
そうだ、ペットボトル……あの形、あの手触り……。
これまで当たり前のように手にしていたペットボトルの水のイメージが、脳裏に鮮明に浮かび上がる。
キャップを開けるときの音、最初の一口の清涼感。濁りのない透明な液体。
そのイメージに強く意識を集中した、その瞬間だった。
胸の下、いや、へその上あたりがほわッと温かくなり、次には脳にバチバチッと電流が走ったような衝撃が走る。
「いっ!」
思わず短い悲鳴を上げたが、それ以上に異様な光景を目にした。
目の前の空間が、蜃気楼のようにわずかにゆらいでいた。
……なんだ?
不審に思っていると、ポンっと軽い音とともに、なにかが手のひらに収まった。
「……え?」
恐る恐る視線を向けると、そこには見慣れた形状のものが握られていた。
透明な樹脂製の容器。青いキャップ。中には、紛れもなく透明な液体が満たされている。
「……ペットボトル……の、水?」