15黄金の卵
俺は鳥が墜落してきたこと、その鳥の手当てをして家に置いていること、朝起きたら卵をくれたことをざっくりと説明した。
そして、割れないよう、大切に布に包んで持ってきた大きな卵の布を取りつつ、男に見せる。
ちなみに、この派手土地売りのおっさん、名前はフィーバットというらしい。バットさんと呼ばれているのだとか。てわけで、おれもバットさんと呼ぶことにした。
「おいおい、卵なんか……って、ん? おい、その卵よく見せろ」
「え? ああ、はい、どうぞ」
飛びつくような勢いで卵をひったくったバットさんは、サングラスをずらして卵を食い入るように見る。
サングラスないとこのおっさん、かわいい目してたんだ。つぶらな瞳だ。圧が出ないからサングラスしてたのか。
卵を手の中で回して前、後ろ、上下と見ていたバットさんは、ジッと俺の顔を見つめてきた。
「墜落した鳥って、ラーリアントか?」
「ラーリアント? すみません、種類はわかりません。でも魔獣です。目が赤かったですね」
「ラーリアントは魔獣だ。黄色に羽根に、青が混ざっている美しい怪鳥だよ」
「色はそんな感じでしたね。そのラーリアントがなんですか?」
「馬鹿野郎! ラーリアントの卵といやぁ、高級食材だろうが!」
マジかよ!
ってことは、文字通り、金の卵!?
「ラーリアントは、明確な拠点を持たない。好きな場所を自由に転々としているから、見つけるのも困難。好む場所がハッキリしないからな。冒険者たちは、このラーリアントの卵を探して何日も彷徨うこともある」
冒険者がいる世界か。
でも俺は戦闘できないから、冒険者にはなれないな。速攻死ぬ自信がある。やっぱり安全にのんびり生活、それに限る。
「そのラーリアント、怪我しているみたいで、今俺の家に居着いてるんですけど……危険性はあります?」
「基本的には大人しい。だが、敵には容赦ない。ラーリアントは混乱させる音を出すそうだ。悪りぃな、俺も冒険者じゃないから聞き齧った情報しかわかねぇ」
「いえ、十分です。高級食材ってことは、食べられるんですよね」
「まぁな……今調理してやろうか」
「……食べたいだけですよね」
「ケチケチするな! 土地を安く売ってやっただろ。つまり、俺様の手柄でもあるってわけだ」
「まぁいいですけど。こいつにも分けてくださいね」
俺の膝でくつろいでいたキュイの背中をなでると、キュイは顔を上げて「きゅ!」と愛らしく鳴いた。
◇
「これが、ラーリアントの卵。高級食材」
おっさんが部下に調理させたラーリアントの卵。本当はそのままゆで卵がいいそうだが、今回は三等分するので、スクランブルエッグになった。
それでも、卵の黄身の色が濃く、艶があり、そして、食欲をそそるいい香りがする。
卵の匂いをこれまであまり感じたことがなかったが、香ばしい香りがする。もしかしたら香辛料の匂いかもしれないが。
しかも、ついでとばかりに焼きたてのパンと、付け合わせのつもりなのかステーキまで。
「美味そう!」
「さすがにタダでわけてもらっちゃあ、あとが怖いからな。これで貸し借りなしだぜ」
ちゃっかりしてる。
「ほら、キュイ。おまえの分」
「きゅきゅきゅ!」
小さめの皿に取り分けられていたのをキュイに差し出す。キュイは俺の膝をテーブル代わりにして、前足で器用に食べはじめた。
「きゅ〜うっ!」
「美味か。おまえ、雑食なのか?」
「きゅ!」
「ふぅん」
なんでも食えるようだ。
俺も自分の分を食べようと皿を持ったところで、食い入るような視線を感じた。やべ、マナーが悪かったか?
「おまえ、魔獣の言葉がわかるのか」
そっちか。
「わからないけど、キュイのほうがわかってるらしいから、まぁ、なんとなく。会話の流れで」
「……そういうもんか?」
おっさんは置いといて、とりあえず卵。スクランブルエッグ。この世界の高級食材とやらの味を堪能しようじゃありませんか。
まだ熱々のスクランブルエッグをフォークですくい、ゆっくりと口に入れた。
瞬間、全身に痺れるような衝撃が走った!
「うっっっま!」
いやなんだこれ、美味すぎだろ!
卵ってこんなに濃厚なのか!?
口の中に広がるクリーミーでコクのある味。そこに加わった塩とコショウのアクセント。
この世界、料理のレベルが普通に高い!
料理が美味い世界は当たりだ。飯が美味けりゃどんなこともやっていける。それほど、料理が口に合うかどうかは重要だ。
さっそく、添え合せのステーキも頬張る。
こっちもうめぇ!
肉汁がじゅわっと広がり、濃厚でいて肉の味がしっかりとする。牛肉に似た味だ。でも、上位の肉。和牛のブランド肉のようなやわらかさと濃厚さ。これぞ、肉の王者!
「美味い……美味いです……最高……」
「おまえさん、その能力なら、こいつも出せるんじゃないのか」
おそらく卵のことを示している。
「いやー、それが、食べものは今のところ上手くいってないんですよね。味が違うというか、薄いというか……食べられなくはないんですけど」
「ほぅ、制約があるのか」
「食べものはそうかもしれませんね。それか、コツがあるのか。今のところ詳細なイメージが必要なのはわかっているんですけど」
「能力は使いこなすのに反復練習が必須だからな。それと、属性も関係してる。自分の属性の魔力が濃いときだけ成功するとかはよくある」
「なるほど。地道に練習してみます」
もしこの高級食材が自在に出せるようになったら、それだけで金持ち街道まっしぐらだ。
一生安泰、快適な暮らし。
悪くないな。
「あぁ、それと、魔獣を診てくれる医者とかいませんか?」
「魔獣に医者なんかいねえぞ。魔獣はダメになったら買い替える。そういうもんだからな」
「……そうなんですね。わかりました」
やっぱりそうか。
この街の人たちの魔獣嫌悪を見ていたら、医者なんかいそうにないと思っていたけど。壊れたら新しくする「物」みたいな扱いなんだな。
「……」
キュイもあの鳥も、意思疎通ができるのに。
この世界では物ように扱われ消耗される。
……なんか、前世の俺みたいだな。
会社を回す歯車としていいように使われ、壊れたら捨てられる。ギリギリ生きていけるくらいの給料で、ほぼ飼い殺し。
しかも、魔獣は魔石が採れるから狩の対象だ。安心してのびのびと生きていける場所もない。
キュイの滑らかな白い毛をなでた。
「きゅう?」
せっかく広大な土地を買ったんだ、こいつが自由気ままに生きていける場所にしたい。
「あの、それじゃあ、図書館みたいな場所はありますか? 魔獣の図鑑とかあると嬉しいんですけど」
「あ? あぁ、それなら中央図書館がある。貴重な資料も保存されている街の運営図書館だ」
「ありがとうございます。そこに足を運んでみます」
料理を平らげ、いとまの準備をする。
バットさんが、思い出したように俺を見た。
「もしまた卵が採れりゃ持ってこい。それなりの値で買ってやる」
キュイをリュックに入れ、背負う。
そして、バットさんを見てニヤリと笑った。
「考えておきますよ」




