13墜落!
一日かけて大掃除を終え、これからの生活に必要になりそうな最低限家具を出していく。
ベッド、ソファ、包丁にまな板、フライパンに鍋──と、出したところで、急激な立ちくらみがした。
目の前が真っ暗になり、体から力がすぅっと抜けていく不快感。足腰に力が入らなくなって、その場に倒れこんだ。
「きゅ!? きゅきゅきゅきゅっ」
キュイの大慌ての声が聞こえ、次には顔にペシッと濡れた布が投げつけられた。
ちょっと待て、それ、使いまくったきったない雑巾じゃないか?
気力を振り絞って起き上がり、顔に張りついていた布を取る。
やっぱり雑巾か……。
「きゅきゅきゅ〜っ!」
キュイがドスッと腹のあたりに頭突きをしてきた。
「悪かったよ、急に立ちくらみがしてさ。この体が栄養不足か、病気持ちか、能力の使いすぎか……」
なんとなくだが、魔力切れのような気がした。そこそこ能力を使っていたし、昨日も換算すると、一気に使いすぎたようには思う。
便利だからって能力に頼りすぎると体にガタがくるんだな……。この世界にも健康診断とかあるのか? おっさんは健康問題には敏感なんだよ。
「ふぁ〜、今日はもう寝るかぁ」
考えてみれば、仕事に追われることもないんだよな。好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。ちょっとゴロゴロして、ぼんやりしたっていい。だれも文句を言わない。
この土地を丸ごと買い取ったから、住む場所の心配もいらない。
かなりいい生活なんじゃないか?
◇
キュイの部屋を作ったが、キュイはそこを物置にするようで、結局ひとつのベッドで寝た。
悠々快適のキングベッドだ。
やっぱり寝る場所は快適じゃないとな。
だだっ広い新品ベッドで熟睡していると、突如ドガァン!となにかが壊れた音がし、家がグラグラとゆれた。
「なんだ!?」
布団を跳ね飛ばして飛び起きる。
「きゅ、きゅ〜?」
「爆発音みたいなのがしたぞ」
部屋の明かりをつけて、窓を開ける。
暗いので見にくいが、この体のおかげが薄っすらと建物の輪郭を認識できた。
五つあるうちの家の一つ、家族が住めそうだった大きめの家の屋根に巨大な穴が開いている。
……隕石でも落ちたか?
「おまえは寝てるか? 俺は外を見てくる」
床に置かれていたランプを手に取り、ドアを開ける。眠そうに目を擦りながら、キュイが小さな羽をパタパタ動かし飛びながらついてきた。
外に出ると、被害状況がよりハッキリしてくる。大穴が開いた屋根の影響で、建物自体がかたむいている。これは倒壊の可能性があるな。
「なにが落ちたんだ」
屋根を仰ぎ見るが、原因は不明。
ランプをかざしながら周囲を見れば、見慣れないものが落ちていた。
「羽根?」
黄色と青の大きな羽根だ。
俺の手のひらよりも大きな羽根が、地面に散らばっている。よくよく見れば、屋根にも羽根が引っかかっていた。
「キュイ、これ、ヤバそうか?」
キュイは前に危険な鳥を察知したからな。
とりあえず意見を求める。
「きゅ? きゅ〜きゅぅ、きゅう」
首を振ってるので危険な鳥ではなさそうか。
……この家に落ちたんだよな。
見に行かなきゃダメか? 考えてみれば、俺は護身術はからっきし。羽根からしてけっこうデカそうだし、襲われたらひとたまりもない。
「武器がいるな」
急いで家に引き返し、初期装備の短剣を手に戻ってくる。
そして、ランプ片手に、そーっと家の扉を開いた。
いきなり飛びかかってこないな、よし。
まずは気配を探り、耳をすませる。と。
「ぐ、ぎ……クァッ」
苦しそうなうめき声が聞こえた。
墜落したときに怪我をしたとかか?
警戒をゆるめずに、慎重に進んでいく。
どうやら、問題の生きものは、屋根だけではなく二階の床も突き破ったようで、一階のダイニングスペースにあったテーブルや椅子をなぎ倒して倒れていた。
「鳥か……」
孔雀くらいありそうな大きめの鳥。
羽を怪我しているのか、血がポタポタと垂れ、美しい色の翼を汚していた。
「クァッ、ぎっ!」
こいつ、目が赤い。魔獣か。
「あー、俺の言葉わかるか?」
「くぁ、がっ」
「どっちだ。キュイ、こいつ、俺の言葉わかるか?」
魔獣のことは魔獣に任せるのがいい。というわけで、キュイに間に立ってもらう。
「きゅう、きゅ」
首をかしげつつうなずいた。かなり微妙な反応だな。おそらくわかっているだろう、みたいなあいまいな感じか。
「おまえ、怪我してるのか? こっちに敵意を向けないなら、怪我が治るまで面倒を見てやる。どうする?」
「ぐぅー」
鳥は低くうなり、キュイを見た。
「きゅ、きゅきゅ、きゅ!」
「クァッ、クァクァッ、クアー」
「きゅ!」
なにか話しているようだ。内容はまったくわからないけどな。
「きゅぅ、きゅきゅ」
キュイが俺の肩に乗り、倒れている鳥を小さな手で示して、うなずく。
大丈夫ってことか?
信用するぞ?
鳥のそばまで行き、しゃがむ。チラリと確認してみるが、攻撃してくる様子はない。
「怪我の状態を見るからな。痛むかもしれないが、攻撃するなよ」
「クァッ」
返事がきたので、まずはランプで照らして目だけで確認する。
左の羽がガッツリ引き裂かれていた。千切れているわけではないが、羽根はむしれて、皮膚が引き裂かれている。
引っ掻かれたのか? 爪のあとにも見えるな。
専門の医者でもいたらいいんだが、魔獣というだけであの反応だったんだ。いない可能性が高い。まぁ、あとで街に行って聞いてくるにしても、応急手当ては必要だろう。
「あ。そういや、キュイ。おまえは水で傷が回復していたよな。この鳥も同じようなことはできないのか?」
「きゅ? きゅきゅ、きゅ」
「クァー」
できないようだ。首を振っている。
キュイが特別だったのか? どっちにしろ地道に治すしかないか。
「魔獣ってのはみんな言葉がわかるのか? 温厚そうなのが多いが」
「きゅーう」
キュイが首を横に振った。
なるほど、俺が会ったキュイとこの鳥が奇跡的に温厚だっただけか。
とりあえず傷口を洗うために水を出す。毎度お馴染みペットボトル水だ。人の怪我の場合はガーゼを当てて包帯をするが、魔獣はどうなんだ?
まぁ、一応清潔なガーゼと包帯を出しておくか。そのうち救急箱もそろえるかな。
記憶の中にあるガーゼと包帯を呼び起こす。
触った感触、大きさや長さ、繊維の細かさなどを詳細に思い出しつつ決めていく。
そして、頭に電流が走った。
「いっ」
ポンッと音がして、大きなガーゼと包帯が現れる。毎回思うが、この頭痛って大丈夫なのか? 命削って能力使ってたりしないよな。
「傷口洗うけどいいか? たぶん染みて痛いけど」
「クァーッ、グァっ」
嫌なようだ。大丈夫な右の翼をバタバタと動かしている。
「嫌ならいいけど。細菌が入って患部が壊死して、二度と飛べない……いや、それどころか死ぬかもしれないけど」
「グァっ!? ……くぁ……」
しょんもりとした様子で意気消沈しつつ、鳥は負傷した翼を生贄にするかのごとく差し出してくる。どんだけ嫌なんだ。子どもか。




