手紙
昔の作品をゴソゴソと。
遠野比呂彦様
心地よい風が吹き、木々の緑が色鮮やかな季節となりました。あれから何年経ったのでしょう。お元気にお過ごしでしょうか。
その節は大変お世話になり、お礼も言えずに申し訳ございませんでした。やっとこうしてお礼のお手紙を差し上げることができ、嬉しく思います。
そうそう、すでにご存知のことでしょうけれど、孫が生まれました。女の子です。名前もご存知でしょう? 小夜子ちゃんというの。わたくしと同じ名前だなんて、なんだかはずかしいものですね。息子たちはそれはそれは可愛がって、親馬鹿もいいところです。かくいうわたくしも、初孫ですので、それはもう可愛くて可愛くて。この子が言葉を少しずつ覚えて、いつかおばあちゃんと呼んでもらえたら……などと考えてはそばで見守る日々でございます。
このところ、ふと若い頃を思い出すのです。わたくしたちが出会った頃のことを……。あの頃は本当にわたくしたちは若くて、あなたが満州で捕虜になってしまった時は本当に心が苦しくなったものでした。心配で心配で、眠れない夜ばかり。大分経ってあなたが帰ってきた時にはホッとして、わたくし倒れてしまったのでしたね。懐かしいですね。あれから何十年も経って、こうして思い出ばなしができるようになるだなんて、あの時のわたくしたちには思ってもみなかったことですね。
本当はもっとあなたと一緒にいたかった……。でも運命には逆らえません。あなたはわたくしを大事に思ってくださって、わたくしもあなたを大事に思って……。
いまさらですけれど、心からありがとう。わたくしはとても幸せでした。あなたがわたくし以上に幸せでありますように、お祈り申し上げます。
小夜子
「―――――あ、父さん。こんなとこにいたの。そろそろ行くよ」
ふと息子の声に振り向く。
「俺も支度しないと。ほーら小夜ちゃん、パパはお着替えしますよー。おじいちゃんに抱っこしてもらいましょうねー」
「…………」
「父さん?」
「んあ、……ああ」
腕に孫を抱く。そして居間の仏壇の前に座った。今日は妻の三回忌だった。
「…………ありがとうな…………」
~了~
しっとり風味。