97 街と空をつなぐ回廊
それはある朝、風が無駄に張り切って吹き荒れる中、俺が「空にも物流が必要なんじゃないか?」と呟いたのが発端であった。
「また始まった」と誰かが言った気もするが、聞こえなかったことにしておく。なぜならその呟きに反応したのが、よりによってこの村の“工学四天王”であったからだ。
まずは設計士である。この男、風の流れを「家の思想」と真顔で語り、図面を描く際は筆よりも先に詩を口ずさむ。その彼が、俺の一言を聞くなり、「空中回廊ですか!風と思想を接続する壮大な試みですね!」と叫び、全速力でどこかに走り去った。
次に、細工職人。素材を見ればまず裂き、次に撚り、最後に燃やすか食べるかの勢いで実験する職人魂のかたまりである。彼は設計士の叫びを聞くや否や、「浮胞草と羽根苔、あと蔓。あれが全部要る」とだけ呟き、気がつけば崖の上で蔓にぶら下がっていた。
三人目はゴロウ。見た目はがっしりとしたゴロツキ風、実際は真面目な大工である。「空に道だと? 笑わせるな」と言いつつ、その足元ではすでに蔓を組んだ簡易橋の土台が出来始めていた。どうやら彼の“笑わせるな”は“すぐやる”の意らしい。
そして四人目、我らが建築士である。新たな漂流者として村に現れたとき、「この地盤は、固すぎず柔らかすぎず、まるで俺向けだ」とか訳の分からない感想を述べ、誰にも頼まれていないのに村の中心にアーチを設計し始めた逸材だ。彼は空中回廊という言葉に目を輝かせ、「地上と空を接続する構造体、それすなわち空間交響建築!」と叫んでいた。意味はわからないが、熱意は伝わった。
そんなこんなで、「空と地上をつなぐ空回廊計画」が始動した。
素材は浮島から持ち帰った羽根苔、浮胞草、風を操る蔓──どれも風と魔素に反応して浮いたり伸びたり光ったりするという、科学的に言えば「とにかく不安定」な素材である。しかし、この村には理性よりロマンを重視する大人たちが集まっていた。つまり、「できるかどうか」ではなく「やるべきかどうか」が判断基準だったのだ。
「この素材は“浮こうとしている”んだ。ならば、浮かせてやればいい」建築士が呟く。
「でも、強度が足りない。飛行魔獣の背に荷を載せて並走させるべき」職人が冷静に指摘する。
「だったら、風耳ウサギで情報の伝達を、飛行魔獣で物資、そしてこの回廊で人が移動だ」設計士はにやけながら三層構造のスケッチを広げる。
「何でも浮かせりゃいいってもんじゃねぇぞ!」とゴロウが叫ぶが、すでに彼の手は浮く木材を削り始めている。
俺はその混沌を見ていた。呆れもせず、感動もせず、ただ「……これは絶対に誰か落ちるな」と思っていた。
空回廊の構造は、空中に等間隔で設置された浮石を支柱とし、蔓で吊られた橋が蛇行するように地上と浮島を結ぶというものだった。設計士は「これは風の梯子です。昇る思想と降る記憶を接続する回廊です」と意味不明なことを言いながら、魔素流を測定していた。
試作の橋は、風が吹くたびにミシミシと音を立てた。ゴロウが「誰が渡るんだこれ」と唸ったが、その背後で風耳ウサギがふわりと飛び移って見事に着地した。俺たちは無言でうなずき、「じゃあまずはウサギ専用回廊にしよう」と決定した。
だが、問題は「人も渡れる回廊」をどう作るかであった。
設計士は「蔓と羽根苔で吊るすだけでいい」と主張し、建築士は「浮石の並びを再調整すべき」と言い、職人は「魔素流を反転させれば踏み心地が良くなるかも」と呟き、ゴロウは「風に頼るな! 重力を信じろ!」と叫びながら石を積んでいた。
結局、それぞれの案を“少しずつ”取り入れた結果、「軽くて浮くが風で揺れ、蔓で吊られてはいるが一部は石畳で、魔素の流れで時々跳ねる」という、もはや説明不能な構造体が完成した。だが、それは確かに浮島と街をつなぐ「道」だった。
最初の渡航者はリュナだった。
「へっちゃらだよ!」と言いながら耳をピンと立て、途中で足を滑らせて三回転しながら着地した。彼女曰く「遊園地みたい!」とのこと。
俺は深く頷いた。「これは道じゃない。アトラクションだ」と。
だが、村人たちは少しずつこの道を使い始めた。魔素を浴びた果実、羽根苔を編んだ布、浮島で育った変異作物。物資は風に乗って流れ、情報は耳をすませば届き、思想は……まあ、思想は設計士の独壇場だ。
今、空と街はつながった。
風の背骨を渡って、世界が少しずつ膨らんでいく。




