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91 空中輸送の実現

 風を掴むとは、どういうことか。


 俺は今、その答えを知りたくて仕方がない。なぜなら、俺は今、巨大な飛行魔獣の背中にしがみつきながら、全身で風を受け止めているからである。


 「……あのさ、俺たち、飛んでるわけだが」


 「うむ、飛んでいるな」


 俺の背後では、鎧の女――フィオナが淡々と答えた。まるで「剣を振ると刃が出る」とでも言うかのような無感情な返答である。だが、そうではない。これはただの事実確認ではなく、異世界物流革命の幕開けの瞬間なのだ!


 とはいえ、俺の腕には尋常でない負担がかかっている。そもそも、飛行魔獣というのは、もっとこう、しっかりと乗るための鞍的なものが必要ではないだろうか。俺たちは今、魔獣の背の上に直接座り込んでおり、その滑らかな鱗に掴まる以外の選択肢がないのである。


 「なあ、フィオナ」


 「なんだ」


 「お前、よくそんな冷静でいられるな」


 「私は騎士だ。どんな環境でも動じない訓練を積んでいる」


 そう言って、フィオナは軽く鱗の上に片膝を立て、空を見上げた。その姿はまるで「飛行騎士」とでも呼ぶべき風格があった。いや、そんなことより、お前、本当に怖くないのか?


 「それより、お前のほうがよほど問題だ」


 「は?」


 「さっきから、必死にしがみついているばかりではないか。まるで餌にしがみつくネズミのようだ」


 「誰がネズミだ!」


 俺が抗議の声を上げた瞬間だった。


 「きゃーっ!」


 どこからか、リュナの叫び声が聞こえた。


 振り返ると、飛行魔獣の尾のあたりにリュナがへばりついていた。尻尾をぶんぶん振り回し、耳をぴこぴこと震わせながら、明らかに不本意そうな顔をしている。


 「ちょっと! 私は飛ぶのは苦手なの! 飛行魔獣に乗るなんて聞いてない!」


 「お前、自分で乗り込んだじゃないか!」


 「だって、置いていかれるのはもっと嫌だったの!」


 なんだその理屈は。


 しかし、俺もリュナの気持ちは分からないでもない。風は容赦なく俺たちの体を引き剥がそうとするし、飛行魔獣は特に俺たちの乗り心地を考慮してくれているわけでもない。ただ、空を駆け、己の意志のままに飛んでいるだけなのだ。


 「このままだと、リュナが落ちるな」


 フィオナが冷静にそう言い放った。


 「やめろ! 落ちるとか言うな!」


 「いや、事実だろう」


 リュナは涙目で俺を睨んでいた。


 「こんなところで落ちたら、ぺちゃんこになっちゃう!」


 「お前なら猫みたいに着地できるんじゃないか?」


 「できるわけないでしょ! やってみる?」


 いや、やりたくはない。


 とにかく、俺たちは今、飛行魔獣による空中輸送の実験をしているわけだ。第一目標は、「飛行魔獣が人間を運べるかどうか」。そして次の目標は、「物資を運ぶことができるかどうか」。


 「ところで、荷物は?」


 俺が尋ねると、フィオナは魔獣の背の中央を指さした。


 「後ろに括りつけてある」


 「え、ちょっと待って、何を運んでるんだ?」


 「食料、鉱石、布、その他もろもろ」


 「結構積んでるな!」


 つまり、この飛行魔獣は、俺たちだけでなく、物資も問題なく運べるということか。


 俺はしばらく考えた。もし、この空中輸送が確立されれば、街と遠方の拠点を結ぶ手段としては最適だ。今までは、険しい道を通って荷物を運ばねばならなかったが、空を使えばその手間は大幅に削減できる。


 「おい、これ、本当に実現したらすごいことになるぞ」


 「すごいかどうかはともかく、お前がまず飛ぶことに慣れるべきだな」


 フィオナがクールにそう言い放った。


 「……それは、どういう意味だ?」


 「つまり、お前はまだ、この風を掴めていない」


 俺は思わず黙った。


 風を掴む。


 それはつまり、この飛行魔獣の背にただ乗るのではなく、風と一体になること――そういうことなのか?


 フィオナは、俺の腕を掴んだ。


 「立て」


 「いや、無理だろ!」


 「立て」


 「俺、落ちる!」


 「落ちる前に、掴め」


 フィオナの目が真剣だった。俺は彼女の手を掴みながら、ゆっくりと腰を浮かせた。足元には、青空と雲が広がっている。


 心臓が跳ねる。だが――


 「……いけるか?」


 俺の体は、風に包まれていた。


 確かに、掴めた気がした。


 「よし、お前は合格だ」


 「何の試験だよ!」


 「次は着陸だ」


 「待て、それはまだ……」


 「着陸する!」


 飛行魔獣が速度を落とし、街の広場が視界に入った。地上には、住民たちが俺たちの帰還を待ち構えている。


 「絶対に転ぶなよ」


 「え、転ぶとか言うな!」


 「行くぞ」


 ――そして、俺は地面に叩きつけられた。


 空輸革命の幕開けは、俺の顔面から始まったのだった。

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